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山田洋次監督「息子」…ひとり、明かりのない家に帰る老いた三国連太郎の孤独。
映画は水物だ。 「いま」を描けば、時代と寝てしまうことを避けられない。
それはどんな名監督、巨匠の作品だとて、例外ではない。山田洋次監督におけるそれは、1991年の作品「息子」だ。
日本がイケイケだった時代の「片隅」に生きる親子関係が表テーマな訳だが
息子の一人は「当時理想の生き方だった」フリー・アルバイターに熱中してるし
もう一人の息子は「まだ続くと思ってた」土地神話にのぼせ上がっている。
これは、90年代以降、日本が未曾有の大不況を経験した際の「片隅」ほど深刻なものではない。薄っぺらく、色褪せてみえる。
その代わり、監督がコントロールできない人物が、今なお通じるリアリティを持って立ち上がる。三国連太郎だ。
ストーリー
妻に先立たれ、岩手に住む父親(三國連太郎)の悩みは、東京に住む末っ子・哲夫(永瀬正敏)のことだ。定職もなくアルバイトで気ままに暮らす息子をたしなめる父、そして反発する息子・・・
そんな哲夫も下町の工場で働くうち、可憐なろうあ者の娘(和久井映見)に激しい恋をする。愛する人のために働く喜びを見い出した哲夫は、父親を愛している自分にも気づき、やがて岩手に帰っていくのだった・・・。
スタッフ
原作:椎名誠
脚本:山田洋次/朝間義隆
監督:山田洋次
撮影:高羽哲夫
イメージソング:中島みゆき「With」
製作:松竹株式会社
キャスト
三國連太郎/永瀬正敏/和久井映見/原田美枝子/田中隆三/田中邦衛/いかりや長介
松竹DVD倶楽部 から引用
遠くの家族の前では、精一杯強がる「昔気質の頑固親父」。
三国連太郎演じる「親父」がが上京して、息子たちと繰り広げるドラマが、物語の核となる。基本、子供たちの前、親父として精一杯強がって見せるのが印象的だ。
それは、三国連太郎の徹底した人間観察に裏打ちされている。彼の聞き語りから引用しよう。体重を減らす・増やすという単純な問題じゃない。自分の体を痛めつけてでも「なろう」とする執念。これだけ役に入れ込むのは、スゴイと思う。
_(中略)煙草のしの仕事は年季が入っています。どこかで練習したんですか。事前に。
三國 練習したというより、ちょっと早めに現場に行って……。
_実際の煙草農家の方に習った?
三國 はい。
_三國さん、農業の経験は?
三國 ないんです。農民の手はサラリーマンとは全然違うと思うんです。以前、農民の役をやったとき、砂袋を突いて突き指をさせ、指の筋を高くしたことがありますが、『息子』のときも、同じことをやった記憶があります。
「怪優伝――三國連太郎・死ぬまで演じつづけること」(講談社)佐野眞一
P.301から引用
土を耕すもの。本作から30年経った今でも、日本の農山村に、彼のような人物が張り付いて生きる「片隅」は存在する。
彼の姿、役者冥利に尽きる姿を、ありがたく拝もう。
待つ人おらず。 家に帰れば「孤独な老人」。
血の通った人間同士のドラマの裏側に、深刻なテーマを隠すのが山田洋次作品。
本作の真テーマは、大家族の消滅。90年代初頭であれば扱う価値があった。今は消滅しようがしまいが、何にも感じられない時分なのが、恐ろしい。
結局、哲夫も、その兄弟も、故郷に戻る気はてんでない。
「また気が向いたら、帰省しますね。」そんなノリである。
父は、ひとりでおうちにかえることとなる。
それまでさんざ会話し尽くされた内容を、最後のワンシーン、父が灯りのない家に帰るシーンで、映像だけで、ものの見事に語っている。
岩手の家。留守中積もった雪を踏みしめながら、玄関にたどり着く昭男。
ようやく錠を外し、戸を開けると、中は冷え切って真っ暗だ。
上がり框(かまち)に腰を下ろして、白い息を深々と吐き、雪に濡れた靴を脱ぐ。
ふと、あたりが明るくなる。
首をめぐらせて居間を見る昭男。その表情に若々しい微笑が浮かぶ。ひと昔前確かにあった家族団欒の風景だ。囲炉裏を囲んで、昭雄の父や母、妻と三人の子どもたちが談笑している。
かつて、あたたかい家庭があった。 談笑、くっちゃべり、声が絶えなかった。
やがて、その幻想は消え、薄暗い室内で、ストーブと新聞紙と小枝を入れ、火をつけている一人きりの昭男の場面にかわる。火がパチパチとはぜ、小枝に移っていく。両手をかざし、炎を眺める昭男。
いまは、冷たい家だ。 歌うもの、昭男しかない家だ。
場面はそこで、村の遠景にかわる。
雪に覆われた山々は茜色の夕焼けに染まり、やがてそれも消えてゆく。
そこにエンドマークの字幕が入る。
「孤独」というものを丸め込んだ三国の背中。拝む価値は今でも、十分にある。
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