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呼吸がうまくできなくなったら
煙草を吸っている理由のひとつに「呼吸が見えるから」という理由がある。煙を吸ったり吐いたりしていると、煙が息に揺られて呼吸が可視化される。ああ、しっかりと呼吸ができていると、安心する。
双極性障害を発症したころ、呼吸がうまくできなって、よくパニック発作を起こした。主治医に相談をしたら、ストレスで自律神経が乱れると、呼吸が浅くて短いものになるという説明をうけて、なにかしらの漢方を処方された。
呼吸が苦しくなると、現在地を忘れる。頭に酸素が回らず、自分がどこの誰かなのか、だんだんと分からなくなっていく。
苦しいとき、悲しいとき、深く呼吸を繰り返していると、落ちついてくる。「つらいときは深呼吸をしましょう」と言われても、なんだか胡散臭いように感じるのに。可視化された呼吸を見ていると、自分のなかで腑に落ちた。
ひとの意見やアドバイスは、それが正しいとしても、自分のなかで腑に落ちないとなかなか飲みこめない。それは、ひとは自分にとって都合のいいことを信じたい、ということにも通じている。
煙草でなくても、冬の空気の匂いを嗅いでみること、好きな歌を口ずさむこと、手首につけた香水を嗅ぐこと、走ってみること、好きな詩を諳んじること、シャボン玉を吹くこと、など。
自分が美しいと思えるものを、呼吸と結びつけてみると、呼吸が上手くできるかもしれない。どうか、あなたが信じているものが、正しくて、美しいものであってほしい。