身体の声。退屈というストレス。私は自分に、なに一つ気付いていなかった。
身体の声に、気付いた日
さとみは、最近不思議に思っていた。
『私は、仕事が終わった後、どうしていつもこんなに疲れてるんだろう?』
さとみは事務員だ。仕事の主な内容は、電話の応対やコピー。ほとんどの時間は、インターネットでダラダラとサイトを眺めている。気付くと、一日が終わっている。
女性職員は自分一人。あとは、父親ほど、年の離れた上司が3人いるだけだ。みんな、とても紳士的で優しい。これと言ったストレスは、ないといっていい。
この職場に転職する前は、終電間際まで働くことが当たり前だった。その時に比べたら、遥かに居心地のいい職場だ。ストレスどころか、むしろ感謝するべきだと思っている。
仕事はいつも定時に終わる。なので、仕事の後に、買い物やヨガ教室に行ってみたいな、と思っている。でも、仕事が終わるころには、いつも体がぐったりとしていて、そんな元気はまったくない。仕事が終わる時間になると、早く家に帰って、缶ビールを飲んで、リラックスすることで頭がいっぱいになる。
『私はリラックスしたい。』
ふと、この事実に気付いたとき、さとみは、かすかに自分への疑問を感じた。私はリラックスしたいの?
ということは、ひょっとして、私はストレスを感じている、ということ・・・?
この職場に転職してからの私は、ストレスとは皆無の人間だと、ずっと思っていた。仕事も楽だし、定時で終わる。人間関係も何一つイヤな事はない。なのに、私はいったい、何にストレスを感じているというのだろうか?
ある日の電車の中で
ある日、さとみは、会社から帰る電車の中で、あまりにも疲れている自分に嫌気がさした。大した仕事もせず、座っているだけなのに、、、。
いつもは、こんなとき、スマホを見ながら、家に帰ってビールを飲むことばかり考えている。でも、今日はスマホを家に忘れて来てしまったのだ。電車の中で、何もすることがない。
満員電車の中でぼんやりと、どんより疲れている自分の身体を感じていた。
身体が、重い。とにかく、重い。特に、お腹のあたりに広がる、じわじわとしたイヤな感じ。痛いわけではない。よくよく感じると、重い、というのともなんか違う。言葉にできない、なんとも言えないイヤな感じだ。
『この感覚っていったい何なんだろう?』
電車の中で、不思議に思いながらお腹のイヤな感じがなんなのか、答えを探し続けた。
『退屈』
ふと、さとみの頭に『退屈』の文字が浮かんだ。
『退屈?』
さとみはもう一度、お腹の感覚と『退屈』という言葉を重ね合わせて、よく感じてみた。じわじわとお腹に広がる”退屈”というストレス。
『退屈はストレスだ』
ということに気付くと、今度ははっきりと、お腹の細胞一つ一つが『退屈でストレスを感じているよ!』と、より強く、さとみに訴えかけてくるかのように感じられた。
さとみは、このとき始めて、自分は退屈を感じていることに気付いた。同時に、退屈であるということは、自分にとってストレスであるということも知ったのである。
前の職場は忙しすぎて、誰がどう見ても、完全にストレスだった。生理が止まったのも、10円ハゲができたのも、ストレスのせいだと思っている。
だから、この職場にきたときは、とても幸せだと感じた。こうしてのんびりできるということは、ありがたいことなのだと、信じ込んでいた。いや、ありがたいと思うべきだと、無意識に自分に言い聞かせていたのかもしれない。
たしかに、ありがたい、、、。ありがたいけど、、、、、。
『思考の声』と『身体の声』は違うんだということを聞いたことがある。
「このことか、、、。」
さとみは、ハッとしたような、不思議な気持ちで、お腹のモヤモヤを感じながら、あれこれ思いを巡らせた。
ふと、一人で職場の机に座っている自分が浮かんだ。特にやることがないので、インターネットであてもなく検索している。椅子に座っている私は、お腹のあたりが、モヤモヤとイヤ感じがしている。
今日、電車の中で気付いた、この感覚。そうだ、私はこの感覚をいつも感じていたのだ。
さらに職場にいる自分を頭の中で、よく思い描いてみた。
この感覚を感じるているとき、私はいつも、頭がぼんやりとする。無意識に、その感覚から意識を遠ざけようとしている。
お腹のじんわりとしたイヤな感じは、ほのかな退屈感。イライラしているわけではない。でも、少しずつ私の思考を停止させて、無気力な感じにさせる。
退屈、というストレスを感じないようにするために、さとみは無意識に思考を停止させていたのだ。
思考を停止させても、お腹から湧き上がるストレスがなくなる訳ではない。結果、会社から帰るころには、身体がグッタリしているのだ。
さとみは、退屈であるというストレスが、こんなにも自分からエネルギーを奪うということがショックだった。
『そうか、私は退屈だったんだ。私は退屈がストレスなんだ・・・。』
さとみは、部屋でしみじみと考えた。気付いてしまうと、とても当たり前のことのように思う。でも、何年間も気付かずにいた。
なぜか、うれしいような、妙な気持ちも同時に湧いているのに気づいた。
自分の身体の声。
それは、私の心の奥深くから出た、本心だ。本心に気付くのは、気持ちがいいものだと思った。
明日も会社に行ったら、きっと退屈を感じるんだろう。
でも、今までとは何かが違うような気がする。さとみは、そんなことを考えながら、一人ビールを飲み干した。