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ブチッと音がした❗


春の足音がやっと聞こえてきたというのに、体調も気分も最悪だ。
あまりに不調で食欲もなく、体重も2kg減ってしまい動くのも辛く、受診日ではなかったけれど夫の付き添いで病院へ。主治医の不在で初めての若い医師。なんとなく人をくったような物言いが気になったけれど、何とか楽になればと検査をしてもらう。

夫に支えられて診察室へ。ふらふらで机に突っ伏した私に若い医師は言った。
「具合悪そうだけど、検査結果がそう悪くないから帰ってもらうしかないんだよね」。
夫が息をのんだのがわかった。
顔もあげられないまま私は、こいつ、何言ってんの?
夫「いろいろ病気してきてて、うちのが辛いと言う時はよっぽどなんだよ」
医師「でも原因が解らなければ治療もできないので、入院もできないですよ。どうしてもって言うなら、今個室しか空いてないけど、それでよければ」

なんだ、こいつ。

夫が私に「こんなで帰っても心配だから、個室でもいいから入院しよう」
医師「でも、何にもできませんよ」

こいつ、医者だよね。

沈黙の間、夫と若い医師の間でどんな表情のやりとりがあったのか、彼が言った。
「それじゃ別の検査しましょう。何か出てくるかもしれないし。レントゲンとCTと…」

何なんだよ。こいつ。

夫に支えられて診察室を出ると、辛そうだからと看護助手さんが車椅子を持ってきてくれた。倒れるように車椅子に乗ってようやくホッとした。

検査を終えて車椅子のまま待合室で呼ばれるのを待っている時、顔見知りの事務員さんが「辛そうね。大丈夫?」と
声をかけてくれた。病院にきてから初めて優しい言葉をかけてもらって泣きそうになった。
「あの若い先生。あんな口の聞き方しかできないの?」
一連のやりとりを話すと、彼女は眉をあげて驚いていた。
名前を聞かれて夫が応える。
彼女は私の肩をそっと撫でると「横にならなくて大丈夫?なりたかったらいつでも言って」と言い、仕事に戻って行った。聞いてもらって気持ちが少し落ち着いた。

やっと呼ばれて診察室へ。午後もだいぶ回っていて、右側のブースには彼の他には誰もいない。
車椅子に深く身体を預けたままの私と、横に立つ夫の顔を交互に見た後、PC画面を指差して彼は喋りだした。
ベラベラとまくし立てるような早口で、難聴気味の私には何を言っているのか理解できない。
「すいません。最初に言いましたよね。元々難聴気味なんですけど、具合が悪いせいかいつもより聞こえないと」
彼は横目でチラリと見て、夫が聞いているからいいだろうと言う顔をした。
「じゃあね、もう一度言いますけど」とまたベラベラ喋りだす。
「先生。声は聞こえてるんです。早口で言っていることがわからないんです。もう少しゆっくり喋ってもらえませんか」
彼は小さく息をはいて、ずれたマスクを直しながらこちらに顔を向けた。
「僕は早口でしか喋れません」
頭の天辺てブチッと音がした。夫のほうからも聞こえた気がした。
「あのさ~❗なんだよそれ❗朝から何なんだよ❗」
言ったのは私だ。夫も止めなかった。
彼は頬を殴られたような表情で、身体ごとこちらに向き直り両膝に手を置いた。
「何なの先生。朝から何回ぶったぎれば気がすむの?やっつけ仕事みたいな口の聞き方ばっかりして。辛くて助けを求めに来てるんです。原因がわからないから帰ってもらうしかないって何?その原因を探すのが先生の仕事でしょ!」
彼はいきなりペコペコと頭を下げだした。
「10年以上お世話になってて、ここに来れば何とかしてくれると思って来てるんです。いろんな先生と、関わってくれてた院内の人と築いてきた信頼と安心を、今一瞬でぶち壊したんだよ。ねぇ、先生。言ってることわかる?」
ペコペコと頭を下げている彼の目が、夫をチラチラと見ている。
「なんで旦那の方を見るの?話してるのは私でしょ」
「いや、見てません」
「見てるじゃない。私の顔を見なさいよ❗」
「はい、すいません」
怒鳴りながら身体が沈んでゆくけれど、もう止まらない。
「朝、顔を見てから先生、ひと言でも労りの言葉をかけてくれましたか。事務のお姉さんだって横になりますかって聞いてくれましたよ。具合が悪そうだから、少し横になって様子みますか、とか言えないの?具合悪そうだけど帰れ?
ここ病院ですよね。先生さ、病気だけみて患者のこと全然みてないよね。何で病院で傷口に塩ぬられなきゃならないわけ❗」
「すいません、すいません」
「難病のスペシャリストの先生が言ってましたよ。数値が悪くないのに、この患者さんはなんでこんなに辛そうなんだろう。寄り添って原因を見つけ出そうとしてくれる医師に出会えなければ、いつまでも病気は見つからないって。
幸い私は出会いに恵まれて、すぐに難病がわかりましたけど。原因がわからずに辛い思いをしている人は沢山いるんです。何年お医者さんやってるか知らないけど、他の患者さんの為にも言いますよ。ちゃんと患者さんと向き合って下さい。寄り添って下さい」
ちゃんと向き合えば、優しい言葉のひとつやふたつは出てくるのだ。
私は夫に「帰ろ。この先生の顔をもう見たくない」
エネルギー使いすぎてクタクタだった。
夫が黙って車椅子の背に手をかけた。項垂れていた彼が再びPCに目を向けた。
「あ、ステロイド減ったタイミングで風邪ひいて熱を出したから、体力が一気に落ちたのかも。1ミリ増やして調子良くなったらまた減らせばいいです」
人をくったような表情が消えていた。
「あ~、なるほど。わかりました。先生、さよなら」
背中で聞いて、彼の表情は見なかった。

声をかけてくれた事務員さんにブチキレた報告をして、来週の受診日にまたと帰宅した。怒鳴ったせいか朝より少し楽になっていた。

最初に嫌な思いをした時に、他の先生を呼んでもらえば良かったのにねと夫と話す。
唖然とし過ぎて頭が回らなかったと苦笑する。
「耳を疑うって言葉、ああいう時に使うんだな」と夫。
「完全に地雷踏んだよね。僕は早口でしか喋れません。どっか~ん!」
思い出してもハラワタが煮えくり返って嫌な気分になる。
「まあ、いい勉強になったんじゃないの。顔つきが一瞬で変わったもんな」
「一生懸命勉強して医者になったんだろうけと。頭が良くても残念な奴だよね」
ステロイドを1ミリ増やしたら、翌朝は身体がずいぶん楽になっていた。夫がそれを指摘する。経験を積めば案外良い医者になるかもと続ける。
「クソババァって思っただけかもよ。めんどくさいからペコペコしとけみたいな」
「どっちにしても、お前を診ることは彼には必然だったんだよ。だからチェンジが浮かばなかったんだよきっと」

こっちはたまったものじゃありませんけどね。
ま、そういうことにしておきましょう。
問題発言は放ってはおきませんけどね。
彼の為にも。

とにかく早く元気になって母の所へ行ってあげたい。もう2週間近く顔を見ていない。
90歳で独り暮しの母。少々とんちんかんなので心配がつきないけれど、お向かいのYさんとお隣のTさんが何かと気にかけてくれているのてありがたい。

母に電話。
「ごめんね行けなくて」
「大丈夫だよ。大事にしな」
「元気になったら行くから」
「待ってるよ」
10分くらいして母から電話。
「あんた、なんで来ないの?朝から待ってるのに」
お母さ~ん。

春はもうそこだ。




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