読書感想『夜と跳ぶ』額賀 澪

凄いものが撮れる…カメラマンの嗅覚がそう告げている

パリオリンピック直前に暴力事件を起こしてしまい業界から干されたスポーツカメラマン与野丈太郎38歳。
無理やり回してもらったゴシップカメラマンの仕事が全くうまくいかず、さまよっていた夜の渋谷で非公式のスケボーイベントに行き当たる。
明らかに未成年も混じった、まともとは思えないそのイベントで丈太郎はとんでもない人物を見つける。
それは三年前の東京オリンピックのスケボーで金メダルを獲得した大和エイジだった。
パリ五輪に参加もしなかった18歳の自由気ままなエイジに反感を覚えつつ、丈太郎は彼のパフォーマンスに思わずカメラを向ける。
スポーツカメラマンの本能で思わずくらいついてきた丈太郎を、エイジは自分専属のカメラマン、通称フィルマーに誘ってきて…
38歳の崖っぷちカメラマンと18歳のメダリストが深夜の渋谷を駆け巡る異色のスポーツ小説。


まだオリンピック種目になったばかりのスケボーにフォーカスしたスポーツ小説である。
スポーツとは、オリンピックとは、その捉え方がまるで違う親子ほど年の離れた二人が、それぞれ真摯にそれらと向き合いながらドタバタと渋谷の町を駆け巡り、トラブルに巻き込まれている事件小説でもある。
いや~面白い…。
スポーツカメラマンである丈太郎は、選手に並々ならぬ敬意を払いオリンピックという祭典を特別なものだとよく知っており、だから余計に特別視している。
多くのアスリートを見てきたからこそ、そこには苦しさがあり辛さがあり、それでも耐え続けた先にしか手に入れられない夢の舞台だとよく知っている。
ところが、エイジはスケボーを楽しんで、スケボーというカルチャーを愛し、楽しんで挑んだ結果、東京オリンピックにたどり着いたという丈太郎の常識では考えられないメダリストであり、オリンピックに出た結果が決してスケボーというカルチャーに良いようには作用していないと感じたためパリオリンピックに挑む気も起こさなかったというのである。
元々ストリートで始まったスケボーというカルチャーならではの考え方が、従来のスポーツとはまるで違うのがまずとっても面白くて引き込まれた。
特に、どうしておじさんたちのいうスポーツって苦しんでやるものなの?というエイジの問いかけは思わずハッとさせられる。
いやほんとそうだわ、泣いて、嫌いになってまでやるものではないのよ、確かに…。
そこまで大層なものなの?というエイジの捉え方が、いかにも新しい競技だなぁ~と丈太郎のが世代の近い僕はニヤニヤしちゃった。
パリには挑戦しなかったもののエイジは変わらず最高のプレイヤーであり、彼の滑りに丈太郎はシャッターを切らずにはいられない。
エイジを追いかけ、エイジの話を聞き、一緒にトラブルに巻き込まれていくうちに二人の抱えるそれぞれの事情が明らかになっていく。
夜の渋谷を駆け巡り、警備員から逃げながら最高のトリックを決め、その映像を撮りためながら進む物語は疾走感と爽快感が抜群。
個人的にはエイジの言い分はわかりつつ、いやいやそれでもやっぱり町中のスケボーは他の人も危ないのよ!と言いたくはなっちゃうんだがこの本を楽しむうえでは野暮ってもんで…
最後の最後もエイジとしてはかっこいいけどそれほかの選手には超絶失礼だよ!?と思わんでもない(笑)
今までのスポーツとは質の違うスケボーという競技の魅力がたっぷり詰まった一冊でした。
いや~いいね、めちゃくちゃ今どきの軽やかさを纏って、クールなふりをしてるんだけど、スケボーというものに対しての姿勢はめちゃくちゃ熱い。
所謂伝統的な積み重ねが浅いがゆえに従来の考え方では測れないだけで、そこにある情熱に胸が焦がされる。
滅茶苦茶楽しめましたわ…。
あの終わり方は、絶対次に繋がると信じて次巻楽しみにしてますね!
4年後ですか?
あとすごく、凄く個人的に、干されてしまった丈太郎だけどその元凶となった行動には拍手を送りたい。
いや、暴力絶対ダメなんだっていう大前提わかりつつ、僕も出来るならセグウェイでウサイン・ボルトにひっかかったカメラマン殴りたかったの思い出したわ…マジでいまだに許せないのよあれ…。
ほんとにね、どんな競技でも、選手の邪魔だけはしてくれるな…その一戦のためにどれだけの努力があったと思ってんだ…と、本気で丈太郎に拍手送りたい。はい。
いろんなものの在り方が変わりつつあるから、小説の幅も広がっていくねぇ~と楽しくなった読書でした。

こんな本もオススメ


・額賀澪『鳥人王』

・近藤 史恵 「サクリファイス」

・馳星周『フェスタ』

馴染みのない競技でも少しでも知識があれば一気に見方が変わって面白くなるんですよね…。
『フェスタ』は競馬ものなんだが、その挑戦がどういうことのかわかると全員の真摯な姿勢にどんどん胸アツになるから一種の青春小説だと思ってるよ…2024年上半期ベストといっても過言ではない一冊だよ…。

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