読書感想『ガチョウの本』イーユン・リー
フランスの片田舎で暮らす13歳の少女、アニエスとファビエンヌ。
アニエスの一番の理解者はファビエンヌであり、ファビエンヌの一番の理解者はアニエスであるべきだった。
すべての物事が二人で完結していたはずなのに、ファビエンヌが持ち掛けた『ゲーム』が二人の運命を変えていく。
それは、ファビエンヌが語った物語をアニエスが書き、本として出版させることだった。
アニエスの名前で発表された物語は思わぬ評価を受け世間の注目を集めるが…
2023年度ペン/フォークナー賞受賞したシスターフッド小説。
フランスの農村部で暮らすアニエスとファビエンヌ。
物語はずっとアニエスの視点で展開し、少女時代彼女のすべてだったファビエンヌとの日々が綴られる。
貧しいアニエスよりもさらに貧しいファビエンヌは、すでに学校へも通わず家業の手伝いをしている。
ファビエンヌは粗野で向こう見ずな女の子ではあるが、非常に頭が切れいつもどこかでアニエスを馬鹿にしたような態度を崩さない。
だがアニエスは、そんなファビエンヌにこそ自分を認めて欲しくて自分だけを特別にして欲しくてたまらないのである。
ファビエンヌに傷つけられることも多いアニエスだが、彼女は決して馬鹿ではなくむしろ思慮深く慎重な女の子である。
お互いにお互いの足りない部分を補う二人は、二人でいれば最強だと信じているのである。
そんな彼女たちの運命を、ファビエンヌの始めた『ゲーム』が狂わせていくのである。
ファビエンヌが語り、ファビエンヌの思いついた物語を、アニエスが記し、アニエスの名前で発表したそのゲームは、気づけば大人たちを巻き込み二人の意思の及ばぬところまで作用していく。
自分の名前で発表することを拒んだファビエンヌと、自分が考えたわけではないのに作者になってしまったアニエス。
ファビエンヌが始めたゲームだから、やめる決定権を持っているのはファビエンヌなのに、彼女は面白がってやめようとしない。
ファビエンヌに言われるまま、作者の振りをしているアニエスの人生は彼女の思わぬ方へ流れていくのである。
子供時代に同化してしまった少女たちが、大人になる過程の中で自分たちは一緒ではないのだということに気づくさまが描かれている。
彼女たちはお金が欲しいわけでも名声を得たいわけでもなく、ただ二人で始めた『ゲーム』をしているだけなのが印象的だ。
彼女たちが欲しかったものは、彼女たちだけの世界であり、それは実は幻であると既に気付いている一冊なのである。
なんか、凄く…ヒリヒリするというか、子供時代の万能感を思い出し、同時に自分のちっぽけさに気づいた時の喪失感のようなものを思い出させる一冊だ。
二人でいれば特別で最強だと思っていた少女たちは、自らの手によってその少女時代を終わらせてしまった様がありありと描かれている。
丁寧な心理描写にゆっくりと読みたいのに彼女たちの結末が気になってどんどん読んでしまう本でした。
いやぁ、なかなかに…うん、ヒリヒリする一冊でした。
こんな本もオススメ
・辻村 深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』
・芦沢 央『悪いものが、来ませんように』
・柚木 麻子『本屋さんのダイアナ』
誰かに依存してそのまま境界線が分からなくなる感覚って、女の子にはありがちだと思うんだけど、あれっていったい何なんだろう…。