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おえっこクラブ

女の子のおえっとなる顔が見たい。男なら誰もが抱くそんな欲望を叶えてくれるバーがあるという。バーは北陸S大学内の地下食堂だ。普段はなんの変てつもない食堂だが、営業終了の3時間後、再び明かりが灯る。
会が始まると黒服のウェイターが女の子の前にプレートを置いていく。例えばそこにはこう書かれている。
納豆。セロリ。甲殻類。羊羹。カレー。ウエハース。
男たちはプレートと女の子とを見比べ、選定を終えると配膳所へ向かう。全員が揃い一見普段の食堂と変わらぬ風情になったところで、黒服が音頭を取る。
いただきます。
しかし料理に箸をつけるのは女の子だけで、男は様子を見つめるのみだ。静かな室内に咀嚼音が響き始めて数分、待ち望んだ瞬間がやってくる。
おぅえっ。
背中を折り曲げ、一人の女の子が吐いた。口中から転がり出たエビチリが、白いテーブルを赤く汚す。
すると釣られたように、あちこちで喉鳴りが始まる。
げええ。あがが。おう、おう。
全員がすべてを食べ、すべてを吐き出すまで会は続く。終わりまで見届けると、男はまだ嗚咽している女の子を置いて出ていく。
これで一切は終わりだ。黒服がテーブル一面に広がった納豆やウエハースの屑を片付ける。明かりが落ち、女の子たちは一言も発さずバスに乗る。






わたしは会の常連の女の子を気に入り、同伴に誘った。痩せぎすで気の強そうな美人だが、米が食べられないという変わり種だ。黒服との交渉はスムーズに進み、わたしたちは二人きりで会えることになった。
篠つく雨が降る日曜の午後、彼女は黄色い傘を差して現われた。名前はマミというそうだ。どうせ偽名だろう。だが、すべての名前は偽りなのだ。
気の強そうな印象はそのままに、マミは不思議に頭の切れる子だった。
どんな話題でも必ずこちらの欲する答えが返ってくる。会話が進むに連れ、わたしはパズルのピースにはまり込むような心地になっていった。温かくもむず痒い、これまで味わったことのない感情だ。
喫茶店の窓越しに雨粒を眺めながら、わたしはマミの見えない身体が降り注いでこの街を濡らしているのではないかと疑った。そんなわけがない、と彼女は笑う。とても静かに、控えめに。
その時不意に、わたしは彼女を許してもいい気持ちになった。彼女だけではない、すべての女性を。このことは容易には説明できない。わたしは女性不信に陥っているわけではないのだ。ただ自分と異なる生き物に惹きつけられることに鋭い懐疑があるだけだ。その懐疑は第一に女性に向けられ、続いて男性に、最後にわたし自身へと返ってくる類のものだ。つまりわたしは、わたしの中に許せないなにかを抱えているゆえに、他人を許すことができないのだった。
今日はこのまま解散にしよう。その台詞が何度も口をついて出かけた。どうやらわたしは自分でも信じがたいほど彼女に惹かれているらしい。しかし結局言葉は呑み込まれ、喉奥深くに沈んでいく。
人間は状況に引き裂かれる生き物だ。たとえどれだけ陰惨な感情であっても、ひとたび胸中に宿ればそれは自身の一部になる。かつて誰かを殺したいと願った青年が執着を捨て去る時、晴れやかな解放感と共に、重い殻を脱ぎ捨てる苦痛をも味わうのではないだろうか。
わたしはそのような裏切りへの義理から、まったく滑稽なことに、彼女を許さないと誓ったのだった。






親子連れで賑わう店内。眼前のバターライスをじっと見つめるマミ。そ知らぬ顔でステーキを切り分けながら、わたしは無理に笑った。食べないの?
いいえ、食べます。言うと、彼女は決意したように皿を掻き込んだ。
おうええええええ。
次いでシャワーのように吐き出す。店中に響き渡るほどの音だった。
小さな女の子が母親の袖を引っ張り、こちらを指差している。わざわざファミリーレストランを選んだ甲斐があるというものだ。わたしは悪意によって身を守るため、自らと彼女を痛めつけたのだった。
あはは。
涙ぐみながらも咀嚼を止めない女の愚かさに、知らず笑いが漏れていた。そうだ。これでいいのだ。わたしはこの状況を金で買ったのだから。
不意に、顔を上げた彼女と目が合う。睨むでもなく、蔑むでもなく、黒い瞳がまっすぐにわたしを見つめている。
突然なにもかも虚しい気分に襲われた。
そうか。ずっと最初から、わたしは彼女に許されていたのだ。そして今、バターライスと一緒に吐き出された。
雨音が遠ざかると同時に、全身から力が抜けていった。







翌朝はパンに変えた。
それきり会には参加していない。









※文学サークル“お茶代”6月ジユー課題『雨について』
“悪い見本”


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