混じり合う程、穏やかに。

フライパンにオリーブオイルを一周。

ガーリックの一欠片、皮を剥くと包丁の平で潰す。
グチャっとなったガーリックと種の抜いた唐辛子を、オリーブオイルの池に落とす。

フライパンの置かれたコンロの火を着けると、
私はすぐに弱火にした。

隣のコンロでは、パスタが塩分を含んだ湯の中で、
ボコボコとゆっくり姿を変えていく。


最初のうちはスイッチを入れても動かない電池切れのおもちゃの様に、フライパンの上は静かで、なにもおきない。


平穏な水面の風景だ。

私はじっとフライパンを見つめては、薄っすら香り出すオリーブオイルの存在に、行ったことのないミラノを見た。


そうこうしていると、パチパチとオリーブオイルが気泡を作り出し、ガーリックや唐辛子がだんだんと
目を覚まして来た。



じっくりとガーリック達は色を変え、しなやかな角のない姿になっていく。
本来はパンパンで艶やかだったガーリック達は、
シナシナでマッドな質感にじわじわと変わっていく。


ガーリック達は自分達のエキスを身をこにしてオリーブオイルの池に捧げていた。


オリーブオイルとガーリック、唐辛子がひとつになる。
オリーブオイルの池に肉眼では決して見えない色が漂い、混ざり合う。


私は行ったこともないミラノの行ったことのないレストランの中で、座ったことのない椅子に座り、
馴染みのない言語の飛び交う空間に身を任せた。


オリーブオイルとガーリックの香りが、
私の幸福度をまるで建設中のピサの斜塔を早送りの映像でお送りしているかの如く、グングンと積み上げ大きくさせていった。


茹で上がった茹で汁混じりのパスタを、
フライパンに移し、オリーブオイル達と更に混ざり合う。
オリーブオイルはみんなを容易く受け入れた。


私はそれぞれが混じり合い、ひとつの作品になる様を一通り見届けた。




それぞれが熱に耐え、それぞれが姿を変え、
それぞれの個性が中和という最高のゴールを迎える。



だから、私はこれから食べるのは決して個ではなく、個が尊重しあい、受け入れあったひとつのチームを食べるということになるのだ。


何事もひとりでは難しい。
家族や仲間で受け入れあって中和していくのが本当は1番いいのだろう。

だけども現実はこのペペロンチーノの様に、
しなやかで健気な中和という形を形成することは、なかなか難しいことだ。

もちろん食材や個性の相性も重要だが、
それだけでは無い個や協調性を重んじるという想いは大切なことのひとつだと思う。



私は冷めないうちに皿に乗せたペペロンチーノを
口に運ぶと、それぞれの個性を感じ取れるように、
そしてそれがひとつのチームとして素敵に憎い交わりをしていることを、じっくりと噛み締めた。

暖かいこたつに入りながら。


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