雨と私と色の無い事情
冬の雨は嫌いだ。
私は【踏んだり蹴ったり】という言葉を
【冬のザーザー】とよんでいるくらい嫌いだ。
寒いうえに寒い。
透明なビニールの傘も、ボコボコと当たる雨粒に
文句のひとつも言いたいことだろう。
寒さと苛立ちのなかに住む私は、
必然的に目の前にそっと構えるコンビニエンスストアに吸い込まれていった。
店内はお昼時ということもあり、
人口密度が修学旅行生でごった返す東京タワーの
エレベーターの様だ。
私は挽きたてホヤホヤの熱い珈琲だけを購入し、
そそくさと退散した。
外に出るなり傘立てに目をやった。
そこには同じ様な透明のビニール傘が、
ぎゅうぎゅうに挿さっている。
センスの無い、現代アートのいけばなか。
私はその中から自分の傘を取り出そうとしたが、
私の傘がどの傘なのかわからない。
しまった。愛情不足だ。
普段から傘に愛情を注いでさえいれば、
自分の傘がいくら同じ様な傘の群衆に紛れていても
すぐに気づく筈だ。
大人数のアイドルグループが歌って踊るパフォーマンスの中からから、推しのメンバーを見つけ出す様に容易いことだろう。
いったいどれが私の傘だ。
何本か手に取ってみたがしっくりこない。
かといって他人の傘をさして帰るのは話が違う。
どうしていいものかと、立ち往生していると
コンビニエンスストアから出てきた人達が、
ぞくぞくと己の傘を引っこ抜いては、雨の矢が降る戦場に飛び出していった。
みんな、愛情注いでんなあ。
私は悔いた、手遅れの後悔。
いや、この世に蔓延る後悔は全てが手遅れか。
しかし傘の本数は着実に減っている。
先程よりは見つけやすい。
私はまた何本か手に取ってみたがどれもしっくりこない。
もしかして、私の傘はもうここに居ないのではなかろうか。
誰かがさして帰ってしまったのではないか。
それでは困る。
やはり普段からもっと目にかけておくべきだった。
家族や友人や恋人。
適当に交わっていたら、それも皆きっと見失なう。
私はそんなことを考えては、自分の愚かさを振り返りかけたが、時と場所とザーザーが私を現実に引き戻した。
私は数分ここに居たのだろう。
ガラガラに空いた傘立ての中から、
恐らくこれだろうという傘を強引に見つけては
厳かに傘を開いてこの場所から抜け出した。
そんな私の雨降る事情を、
珈琲が冷めきった顔でこちらをみているではないか。
しまった、珈琲に愛情を注ぐのをすっかり忘れていた。