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先人たちが大切に受け継いできた「和の心」を取り戻す~国家百年の計は教育にあり~ー『日本人のこころ』1ー
こんばんは。高杉です。
日本人に「和の心」を取り戻すというスローガンのもと
『和だちプロジェクト』の代表として活動しています。
謹賀新年
皆様、あけましておめでとうございます。
令和6年は『和だちプロジェクト』が本格始動して3年目を迎えます。
昨年も大変お世話になりました。
皆々様のお陰で活動を進めることができています。
本年は、さらに飛躍した一年になればと考えております。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、
令和6年は、
『日本人のこころ』
という主題のもと、
先人たちのお姿や遺してくださった言葉・書物から学び、
我が国の教育をどのように進めていくのか?に重点を置いて、
研究したことを皆様にお伝えし、
皆様からご意見をいただければと考えています。
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1)国づくりは人づくり~松下幸之助先生『経営理念』から学ぶ~
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私はまだ小さいころ、従業員の人に、
「お得意先に行って、
『君のところは何をつくっているのか』と尋ねられたら、
『松下電器は人をつくっています。電化製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです』と答えなさい」
ということをよく言ったものである。いい製品をつくることが会社の使命ではあるけれども、
そのためにはそれにふさわしい人をつくらなければならない。
(松下幸之助 『実践経営哲学』・PHP研究所)
数人の町工場から世界的な大企業に成長させた
松下電器産業、現在のパナソニックを創業した
松下幸之助さんは、著書の中でこのように語っています。
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少数の限られた天災の活躍だけでは、
経済全体の発展は望むことはできません。
広く国民一人一人が「世のため、人のため」という和の精神をもち、
多様な本を読んで学び、
それぞれの持ち場で主体的に考える力を発揮してこそ、
一国の経済が発展します。
明治日本が急速に近代化を遂げ、
日清・日露の戦役を勝ち抜き、
わずか半世紀で世界の五大国にまでの大躍進という
世界史史上初めてのことをやってのけたのも
幕末から明治・大正の教育が成し遂げた奇跡です。
また、
大東亜戦争終結後に、
世界最貧国から、奇跡的な経済復興と高度経済成長を達成できたのも、
戦前の国民教育の成果だと言えるでしょう。
2)なぜ我が国は衰退の一途をたどっているのか?
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しかし、
戦後は占領軍の戦前教育をすべて悪と断罪する政策、
それを引き継いだ日教組の活動、
さらにその影響を受けた文部科学省の教育政策の迷走により、
我が国の教育制度の荒廃が続いていきました。
ただし、
これだけ学校教育がふらついている中でも、
いまだに我が国の学力レベルが世界でもトップレベルにあるのは(少なくとも義務教育段階までは)、
志ある親や教員の家庭や教育現場における奮闘の賜物だと思います。
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現在の日本は、
・経済の停滞
・高齢化と人口減少
・政治の漂流
など…
国難ともいうべき時期にありますが、
これらの危機は外からきたものではなく、
政治にしろ経済にしろ、
十分な人材が育っていないことからきた内発的なものです。
戦前を必要以上に全否定した我が国の歴史や伝統文化に基づかない
日教組の売国偏向教育と文部科学省の政策によって
学校はあれども「人づくり」はおろそかにされてきたことが
現代の我が国を襲っている危機の主要因であると僕は考えています。
3)人づくりは国づくり~小林虎三郎先生『米百俵の精神』から学ぶ~
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かつて、
幕末の賊軍として、経済危機に陥った我が新潟県の長岡藩において、
大参事として敗戦後の再建を任された偉人に小林虎三郎という方がいます。
長岡藩は、
禄高を7万4000石から2万4000石へと大幅に減らされ、
士族の中には、食事も粥ばかりで、それすら事欠く家もあったそうです。
明治3(1870)年、
長岡藩の支藩である三根山藩から、
本藩の窮状を見かねて百俵あまりの米が届けられました。
このお米を、
小林虎三郎は、
なんと計画していた国漢学校の創設に充てたのです。
困窮していた藩士たちはこの米が分配されるものと期待していたはずで、
それを押し切っての決断でした。
長岡藩の役人は、
「食えないから学校を立てる、とは理が通らない」
と虎三郎を批判すると、
虎三郎は、
百俵の米なぞ藩の8500人に配れば一日か二日で食いつぶしてしまう、
としてこのように論じました。
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虎三郎の考え通り、
明治3(1870)年6月、国漢学校が新築されました。
ちなみに、
明治新政府によって東京で小学校が開設されたのが、明治3年6月。
まさに、虎三郎の先見の明がうかがえます。
新設された学校は、平屋建てで教室が6つ。
さらに、武道のための演武場も備えるというかなりの規模でした。
建設費や武具、書籍を含めて400両かかったとされていますが、
米百俵の代金は、250両ほどになり、
不足分は藩から拠出されたそうです。
この精神は、のちに『米百俵の精神』と呼ばれ、
今でも長岡に息づいているのです。
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この国漢学校には、2つの大きな特徴がありました。
一つは、
「士族ばかりではなく、町人や農民の子弟も入学が許された」ことです。
そのため、最初からかなり多くの志願者が出たそうです。
これは、
平民教育にも力を入れていくべきだという虎三郎の考え方に基づいています。
もう一つは、
「漢学だけではなく、国学・国史も徹底して学ぶ」ことです。
これが、国漢学校の名前の由来にもなっています。
虎三郎は自ら日本人のための『小学国史』を全12巻編集し、
さらに
世界地理や国際事情、哲学、物理学、博物学なども教科科目に取り入れました。
今後の日本が必要とする教養と知識をもった国民を育てようとしました。
虎三郎は、
「学問には『道』と『芸』がある」
と言います。
人としての生き方を考える『道』と
科学技術や実務を学ぶ『芸』とが両輪となって、
国民一人一人が、強く正しい生き方をして、
そのような国民が集うことによって、強く正しい国家をつくることができる。
このように考えていたのです。
4)国家百年の計は教育にあり~『日本人のこころ』が目指すものとは?~
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「食えないから学校をつくれ」という虎三郎の言葉の裏を返せば、
現在の日本は、「人をつくらないから、食えなくなった」といえます。
もとより、「人づくり」は学校だけでの課題ではありません。
家庭、地域、職場など私たちのすべての局面で
『米百俵の精神』を行動に移していく責任が国民にはあると思うのです。
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国民一人一人が良心を持ち、
それを道標に自らが正直に、勤勉に、
かつお互いに思いやりをもって励めば、文化も経済も大いに発展し、
豊かで幸福な生活を実現できる。
極東の一小国が、明治・大正を通じて、
わずか半世紀で世界五大国の一角を担うという奇跡が実現したのは
この底力の結果です。
昭和の大東亜戦争では、
数十倍の経済力をもつ列強に対して何年も戦い抜きました。
その底力を恐れた列強は、
占領下において、教育勅語と修身教育を廃止させたのです。
戦前の修身教育で育った世代は、
その底力をもって戦後の経済復興を実現してくれました。
しかし、
その世代が引退し、戦後教育で育った世代が社会の中核になると、
経済もバブルから「失われた30年」という迷走を続けました。
道徳力が落ちれば、底力を失い、国力が衰え、政治も混迷します。
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「国家百年の計は教育にあり」
という言葉があります。
教育とは、
家庭や学校、地域、職場など
あらゆる場であらゆる立場の国民が何らかのかたちで貢献することができる分野です。
教育を学校や文科省に丸投げするのではなく、
国民一人一人の取り組むべき責任があると考えるべきだと思います。
教育とは国家戦略。
『国民の修身』に代表されるように、
今の時代だからこそ、道徳教育の再興が日本復活の一手になる。
「戦前の教育は軍国主義だった」
などという批判がありますが、
実情を知っている人はどれほどいるのでしょうか。
江戸時代以前からの家庭や寺子屋、地域などによる教育伝統に根ざし、
明治以降の近代化努力を注いで形成してきた
我が国固有の教育伝統を見つめなおすことにより、
令和時代の我が国に
『日本人のこころ(和の精神)』を取り戻すための教育の在り方について
皆様と一緒に考えていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。