自分にできることを考える。ものづくりを通して、それぞれが出した持続可能性の答え
京都大学が、学部1年生を対象に様々なテーマで開講する「ILASセミナー」。その中の一つに、京都大学フィールド科学教育研究センターと パナソニック株式会社が共同研究の一環として開講する「森と暮らしを繋ぐ持続可能なデザイン」があります。
2021年度前期の同セミナーでは、VUILDの井上(COO)と黒部(デザイナー)をゲスト講師にお招きいただき、フィールドワークを中心に構成する全15回の授業を企画。Desktop型の小さなShopBotを現地に持ち込んだ試作や森林見学、製材所見学をはじめ実際の現場に立つことで、持続可能性についての考えを深めながら最終的なプロダクト制作に繋げていきました。
本記事では、フィールド科学教育研究センターの赤石大輔さん、パナソニックの中田公明さんをお迎えし、VUILDの講師陣を交えてセミナーについて振り返ると共に、セミナーを通して見えたそれぞれの持続可能性に対する帰着点、そして今後の展開可能性をディスカッションしました。
自分ゴト化できない「持続可能性」
▶︎はじめに、本セミナーについて教えてください。
赤石 京都大学の「ILASセミナー」では、毎年様々なテーマでセミナーが開講されるのですが、私たちが担当するセミナーでは、京都大学のフィールド科学教育研究センターが行っている森里海連環学に基づく、様々な取り組みや研究の紹介を行ってきました。
森里海連環学とは、山から海までの繋がりを明らかにする学問で、昨年からパナソニックさんと共同研究を進めています。具体的には、人間が環境に与える様々な影響や負荷を軽減したり、人間と自然が持つ本来の繋がりを取り戻すためにできることについて、パナソニック社員を交えて学生と一緒に考えています。
昨年* 参加した学生から大変好評だったので、今年度は考えるだけではなく、実際に手を動かしてものづくりするところも含めて、持続可能な社会、及び製品作りに取り組むことを狙いに、「森と暮らしを繋ぐ持続可能なデザイン 」というテーマでVUILDさんにお声がけさせていただきました。
*昨年は「1×2×3×4=サスティナブル」という名前で開講。
▶︎ありがとうございます。中田さんはいかがでしょうか。
中田 これまでもパナソニックは、会社全体でサステナブルな製品づくりや社会活動に取り組んできましたが、今後は人間の社会生活と自然の連環を合わせて考え、より視野を広げていくために、昨年から京都大学と共同研究をさせて頂いています。
今の学生さんは我々の世代に比べ環境意識が高いので、我々が何かを教えるという考えではなく、彼らから積極的に学びたいという思いから、相互に学び合う機会として始まりました。
▶︎ありがとうございます。それを踏まえて、VUILDの講師陣はどのような狙いを持って授業内容を企画したのでしょうか?
黒部 VUILDは、「すべての人を設計者にする」というミッションを掲げています。すなわちこれは、今までものづくりに関わってこなかったような人でもものづくりができる仕組みを作るということを意味しているのですが、それを踏まえて、「森と暮らしを繋ぐ持続可能なデザイン 」というテーマを考える上で、今回は近隣地域におけるフィールドワークを授業の主軸にしようと考えました。
具体的な内容としては、美山の森の伐採現場や製材所に見学に行き、最終的にそこで製材した木材を、自分たちで加工してプロダクトをかたちにするというものです。
中田 僕は田舎育ちで周りに森がたくさんあったのにこんなことを言うのも情けないのですが、切った木を実際に担ぐと想像以上に重いんですよね。伐採した直後の木は水を含んでいて重い、ということが全身で体感できるという体験がすごく興味深かったです。
それは製材所でも同じで、現場に置いてあるものを見て自然に会話が生まれることや、木の粉が舞う環境を体感することは、やっぱりリアルじゃないとできないことだなとすごく思いました。
井上 そうですよね。僕自身大学で林業について勉強しましたが、社会に出た時に、教科書で得た知識とのギャップをすごく感じた記憶があります。
実は、昨年も同様のILASセミナー(1×2×3×4=サスティナブル)に講師として参加させていただいたのですが、持続可能性をテーマにディスカッションする中で、その言葉の意味と、そしてそれに対する学生の視点の広さや違いを目の当たりにしました。
それを踏まえて、今回は何から始めようと考えていた時に、知識を得て終わる講義よりも、普段の行動に繋がるようなことを考えながら、実際に手と足を動かして答えを探りたいと思ったんです。
これまでの経験上、無数にある林業の課題を一つ一つを紐解いていくと、結局解決に向かわないだろうということは感覚的に感じていたので、社会との接点や地域課題について考える体験を通して、学生一人一人が得られる自分なりの答えがあるんじゃないかという思いから、今回フィールドワークを主軸にした授業を企画しました。
▶︎事前に黒部さんにヒアリングした際に、持続可能性という言葉に対して自分ゴトとして考えられなかった学生さんが、授業が終わる頃には自分の言葉で語れるようになっていたという話が印象的でした。皆さんは参加者の様子を見ていていかがでしたか?
井上 今回勉強になったのは、大学生にとってサステナブルや持続可能性という言葉は、一種のマーケティングワードとして、マイナスな意味で捉えられているということです。これは、言葉だけが先走るあまり、身近に感じられてないことに理由があるのではないかと感じています。
そんな中で、パナソニック社員の皆さんが、経済活動を持続しながらサステナブルな社会を実現するためにどのように取り組んでいるかという視点で議論してくださったり、学部も様々な学生さんたちが一緒になって汗水を流すことは、意見の多様性に改めて気が付くと共に、参加者の視野を広げる良い機会になったのかなと思います。
赤石 そうですね。当初、持続可能性に対して斜に構えた見方をしてる学生もいましたが、美山でのフィールドワークや交流などを通して考え方が変わってきたなと見ていて思いました。
無限に考えられる環境だと、地球規模で持続可能なんて無理でしょうと思ってしまいますが、実際に目で見て共にものづくりする体験を通して考えることで、学生たちも思考が少しずつ具体的になって行きましたよね。
井上 今おっしゃっていただいたように、持続可能性を考える時に一つの正解を出すことは簡単ではなくて、大抵の場合は何かしらの妥協案を出さない限り、一つのアウトプットに辿り着けないんですよね。
今回の授業ではチームに分かれて行動することで、「美山町と持続可能性」というテーマに対して、それぞれがストーリーや背景をしっかり話し合った上でチームなりのアウトプットを出してくれたのがよかったなと個人的には思いました。
持続可能性の「答え」とは
赤石 今回のセミナーでは、試作品を作ったあとに方向性を大きく転換させたグループもあったりして、そういうプロセスも良かったですよね。
井上 そうですね。最終公表の時に「持続可能性は我慢することではなく受け入れること」と言っていた学生さんがいたと思うのですが、やっぱり環境に良いことって我慢しなきゃいけないというイメージがあったんだなと。
今回は一緒に作るという行為を通して相手や相手の立場を知ったり、自分とは異なる視点に気づかされるというプロセスが、我慢したり常に議論して争って答えを探すと言うことではなく、意見は全然違うけど、同じ目標に対して一緒に手を動かすという行為を通して、相手を受け入れて一歩を踏み出すことに繋がったのかなと学生さんの話を聞いて感じました。
【学生コメント】
・無理や我慢ではなく、我々自身の豊かな暮らしを守りながら将来に目を向けること
⇒我慢するエコとは違う、豊かさをプラスする新しい価値、新しい豊かさの創造
・ より身近で、より生活の中にあるもの
⇒日常生活で一人ひとりが、ものを大切に使うことのできる空間・プロダクトづくりが必要
・以前は人間主観・人間本位で作り出したビジネスぽい言葉だと思っていた
⇒人間の考えを過ぎなくても、身の回りを少しずつ変えていくことは現状打破の第一歩になる。
・持続可能性という言葉の将来性を肯定的に捉えられるようになった
井上 また、ものづくりという手段を通じて気づきや学びを得るということも、今回の授業の狙いとしてありましたよね。
僕自信行動派で、答えがない議論をし続けずにとにかく何かアクションをおこしてみようというタイプなのですが、VUILDで働いてるメンバーたちにも、即日でなにか作る”Rapid Prototyping(ラピッドプロトタイピング)”という文化があったりします。持続可能性という問いに、必ずしも正解がないことを前提とすると、まずは外に出て意見が違うもの同士で何か1つでもアクションをおこしてみようと伝えたいです。
というのも、実態(現場)を知らないのに林業や地域課題をビジネスで解決すると語る人が結構多いと思っていて。でも、もはや資本主義の中ではそれだけでは解決しないことって多いですよね。
だからこそ、今回のような正解がない問いに対して、年齢や立場が違う人同士が、設定されたテーマに対して自分たちなりの答えを議論しカタチにするプロセスはすごくいいなと思いましたし、大学だけじゃなくて会社組織でも取り入れたらまた新しい展開があるのではと思いました。
赤石 確かにそうですよね。横の展開として、今回授業でやった内容を企業や行政の職員研修といった枠組みの中で実施できたら面白いと思いました。
井上 林野庁に持っていきますか(笑)。
黒部 実は授業が終わった後に、参加した学生さんから「林野庁のウッドデザイン賞に応募しませんか」と連絡が来たり、「ShopBotが使える場所を教えて欲しい」と聞かれたりしたんです。
パナソニックの方で、自宅の家具をEMARFで作ってくださった方もいます。こんな風に、授業が終わった後も自発的な行動に繋がっているのがすごく良いなと思いました。
井上 何事も楽しいと続くよね。今回の授業を通して改めて、持続可能性って先入観で楽しくないものとして捉えられてるんだなと感じましたし、パナソニックさんが展開されている取り組みのように、楽しく事業開発したりできれもっと広がるんじゃないかなと思います。
中田 企画して頂いたセミナーが楽しかったという声が沢山聞こえてきて、やはり持続可能性を持続するためには「楽しさ」が伴うことが大事なことのひとつなんじゃないかと僕も感じました。
普段工業に関わっている者として、プロダクトの完成度をいかに上げるかということにフォーカスしてしまう面もあったのですが、セミナーを通して、プロダクトの背景やお客さんに何を届けたいのか ー 例えばパナソニックとして実現したい世界に基づいてプロダクトを届ける ー ということに気がついてくれた人も多かったのかなと思っています。
ユーザーでありながら「つくる人」へ
中田 これは数年前に秋吉さんと話していたことなのですが、頭の中には素晴らしいアイディアを思い描けているけれど、筆で絵を書くというテクニックがないがために表現できない人って案外多いんじゃないかなと。
でも、カタチにするという能力は、きっと皆にあるんじゃないかと思うんです。そういう人たちにとって、デジファブやNC加工機は、思考を増幅させてアウトプットするのを手助けしてくれるものなんだなと、今回の授業を通して改めて思いました。
黒部 そうなんですよね。授業の内容を考える際に、参加してくださる学生さんたちの中には、農学や経済学など、建築やデザインに触れたことがない人も多くいることを知りました。
デザインのバックグラウンドがない方々にとって、まさに中田さんがおっしゃった通り、いきなりデッサンの話をしたら全員いなくなっちゃう気がして。そういうハードルはできるだけ下げたいなっていうふうに思ったので、まずはネットから作りたいイメージ画像を集めてきてもらうことからはじめました。
赤石 黒部さんには学生の拙い設計図をその晩のうちに修正していただいたりして、ご苦労があったと思います。改めて振り返ってみていかがでしたか?
黒部 先ほど中田さんのお話の中に、頭の中にあるものをいざ可視化しようとした時になかなかうまくいかない、ということがあったと思うのですが、実際、制作日の前日まで何もできていない班はありましたね。その班は、フィールドワークの時に見た茅葺き屋根に興味があるとのことだったのですが、カタチにできる最大限のことについて話して、頭出しだけは一緒にやってあげたんです。
そうすると、その30分後ぐらいに様子見に行ったら、茅葺きの形に目と口がついている大中小の3兄弟みたいなスケッチができていました。
大人や子供関係なく、スケッチできるできないというところで諦めて欲しくないと改めて思ったし、ほんの少し頭出しを手助けしてあげるだけで、ものづくりってもっと楽しくなるんじゃないかなということを実感しました。
▶︎事前に、デザインのバックグランドを持った人がデザインするとある意味尖ったものになるけれど、今回の授業では皆さん自由に考えていただいて、かわいらしさとかユニークな要素のあるものができたのが新鮮だったというお話がありましたよね。その辺りは、改めていかがですか?
黒部 そうですね。デザイン教育を受けたことのある人はわかると思うのですが、できるだけ機能的で美しくなければいけないという、暗黙のルールのようなものがあるんです。部材の数を最小限にしてギリギリの構造で保つことが正義だ、みたいな。
僕も建築を勉強してきた身なので、実際にきのこ型のスツールを作ると言われた時は、内心「ちょっとそれは」と言いかける瞬間があったりしたのですが(笑)、今回は受け入れようと思ったし、その前提が全くないというのは新鮮な体験でしたね。
赤石 そういうのってありますよね。僕自身も林学について結構凝り固まってしまってるかもしれないなと思っていて。森林についてガチガチに勉強してる一方で、森林づくりに遠い存在であるビルやダムを作っている工学系の方たちと議論もしたことがないのは問題だと感じています。
昨年の授業で、「壊れないテレビがあればずっと使い続けたい」と学生が言っていたのが印象的だったのですが、工業デザインの方々が無駄を削ぎ落としていく理由の一つにコストがあると思っていて。それっておそらく、そのコストをユーザー(消費者)が受け入れず、無駄だと捉えてしまうからだと思うんです。
でも例えば、彼ら自身がユーザーでありながら「つくる人」になると、無駄だと感じていたデザインも、無駄かもしれないけど愛着があるから残しておこうみたいな気持ちに変化していく気がするんです。それによってユーザーのコストの引き受け方、そして商品自体も変わってくるのではないかと思ったし、今の若い人たちはそういう消費マインドを持っているんだなと思ったんですよね。
今回のアウトプットには、自分が欲しいものを作りたいと思いが全面にでていたと思いますし、その前提にある、できるだけ長く使い続けたいという思いを生むには、愛着のあるものを持つということから始めてみることが大事なのかなと思いました。
▶︎そういう意味で、今回参加してくださった学生の方々はものづくりをどのように捉えていたのでしょうか?
黒部 今回ものづくり経験がない方も多くいましたが、実際のところ、皆さん経験がないだけで本質的にはものづくりが好きなんじゃないか、と見ていて思いました。というのも今回、ShopBotでの加工って3〜4割ぐらいしか活躍していなくて(笑)。それよりも自分でキリを持って穴を空けたり、丸棒の先を削って尖らせたりする人がいたりしたんですよね。
道具を手にした途端に手を動かすことができるのは、そういう行為が人間の根源的なところにあるからなんじゃないかなと、様子を見てて思いましたし、そういう姿を見れたのが嬉しかったです。
赤石 半分くらいは農学部の学生だったりと、ものづくりが初めての方も多かったんですけどね。
初音ミクを始めとするボーカロイドなんかもそうですが、自分自身で作るということのハードルが下がってきていますよね。一部の作曲家が作るのではなく、一般の人たちもゼロから参加できるということによって、垣根なくみんなが好きになれる音楽になっている気がしていて。ものづくりもそういうレベルになってきているのではないでしょうか。
黒部 皆さん楽しんでヤスリがけしていましたよね。
中田 今回に限らず、ここ数年でVUILDさんとご一緒して、改めて木の素晴らしさに気がつかされています。我々は普段金属やプラスティックなど、木材以外の素材を用いて製品を製造していますが、それらの素材ってサプライチェーンがわかりづらいんです。
一方で今回の体験もそうですし、先日飛騨に行った時にも目の当たりにしたのですが、木材はどこから来てどんな人が携わっているか、そしてそれぞれの人がどう思っているかということが目に見えてわかります。
木を切る人、製材する人、加工する大工さん、それぞれがそれぞれの専門的な視点から木についてよく理解しているし、皆さん相互に会話しながら動いている。加えて加工性も良いので、共通してものづくりするのにとても良い素材だなと感じています。他の素材についても同様のことができるといいな、と改めて感じました。
赤石 今回のセミナーを踏まえてまた面白いことができたらいいなと思っていますので、よろしくお願いします。
中田 今回都合で山に行けなかった人も含めて、改めてみんなで集まりたいですね。
井上 そうですよね。ぜひ、やりましょう。
写真:黒部駿人
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