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「Frühlingsglaube」から「春への想い」へ

暑い夏が始まったというこの時期に「春」の話題とは…??今回の「とりのうた通信」は、去る7月11日(日)に東京成城サローネ・フォンタナで行われたフォルテピアノのコンサート(5月15日からの延期開催)についてのご報告レポートです。私が2年前よりドイツリートでご一緒しているピアニスト幡谷幸子さんと、その師匠である武久源造さんのお二人によるフォルテピアノのコンサートに、1歌い手として参加させて頂きました。ピアニストのコンサート演目に歌曲が挿入されるという、しかもその組み入れ方が非常なユニークなコンサートでした。(歌曲の演奏曲は、広報チラシでも事前告知されず。当日のお楽しみ…)

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コンサートの会場は東京成城にあるサローネ・フォンタナ。ホール内は木造で天井が高く、こじんまりした家庭的サロンでありながら礼拝堂のような温かい響きがします。使用楽器は、武久源造さんの所有する1830年代ゾイフェルト&ザイトラー社製(ウィーン式)のスクエア・ピアノ。上記チラシの写真のように、この箱型のピアノには蓋がついていますが、今回のコンサートでは蓋を取り外し、ピアノの弦が張られている面(響板)を全開にしました。この形のピアノですと舞台上で横長に置いて、ピアニストが客席に対し背中を向ける配置をとりたくなるものですが、今回は客席に対してこのピアノを縦向き(高音鍵盤側が客席寄り)に置きました。そして歌い手として私が歌曲を歌う際は、このピアノの低音鍵盤側の側面に手を添えて前を向いて立つ…といったスタイルにしました。つまり、自分の手前(自分と客席との間)に縦長に、蓋を取り払ったスクエアピアノがあるということです。モダンピアノを使ったリート演奏では通常見られない形ですね。結果的にこの配置により、狭い会場内でも、歌い手と客席との「ソーシャルディスタンス」を充分とることができました。

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前半のメインプログラムは、モーツァルトのクラヴィーアソナタK330、シューベルトの《楽興の時》D780(抜粋)です。上記写真のとおり、当日配布されたプログラムには歌曲タイトルが添えられていました。モーツァルトの〈Komm, liebe Zither, komm おいで、愛しいツィターよ〉と、シューベルトの〈Frühlingsglaube  春への想い〉です。そしてこの歌2曲はそれぞれ、実際のところはピアノ独奏曲のではなく、独奏曲のに組み入れられ演奏されました。つまり〈Komm, liebe Zither, komm〉は、クラヴィーアソナタの第1楽章の後(同じハ長調のため、流れはスムーズ)。《楽興の時》抜粋は第6番、第4番、第3番、第2番の順で演奏され、歌曲〈Frühlingsglaube〉は、有名な第3番の後に置かれました。これも、ヘ短調(第3番)から変イ長調(第2番)へという平行調での流れ上に、同じ変イ長調の歌曲がピタリとはまりました。まるで初めからそういう曲集であったかのように…。もちろんそうは言っても、プログラムにはそんなふうに演奏するとは書いてない!…お客様は非常に意表をつかれたと思います。

さてこのコンサート、30分前からの開場時間の間、お客様はプログラムを眺め、ソナタを思い描きながらピアニストの登場を待っておられたことと思います。ところが実際は、予定開演時刻の10分ほど前に、出演者3名が何やらごそごそとピアノ脇に姿を現し、お客さんのように着席。まだ開演時刻前ですが、幡谷さんは急に立ち上がって、ピアノの調子でも気になるのか、鍵盤に向かって音鳴らし…?。あれ?…何かな…という間に、歌手(馬淵)も立ち上がって、いつのまにか歌い始めていました。それがモーツァルトの歌曲〈Abendempfindung  夕べの想い〉。…いま何やってるの??…と、慌ててプログラムをめくるお客様。でもプログラムにはそんな歌らしき曲名書いてない…。ぎりぎり開演に間に合った!と思って会場に入ってきたお客様も、なにやら演奏が始まっているので、いぶかしげに時計を確認されていたり…。そうなんです、コンサートはいつのまにか始まっていました。日常がいつのまにか音楽の時間に…。

このようなちょっと型破り?の本公演アイデアは、武久源造さんの発案によるもの。18~19世紀前半当時、ソナタの演奏は必ずしも全楽章を通すものでもなかった、途中に歌が挿入されることもあったのだ、お客様を楽しませるために…。今回は私を含む出演者3名全員が最初から会場にいて、舞台裏に引っ込むこともなく、お客様とともにすべての演目を楽しみました。武久さん曰く「僕たち(演奏者)は家族。僕らの家庭演奏会に皆さんをお招きするんだよ。」サローネ・フォンタナのプライベートな空間はまさにその雰囲気にぴったり。また、器楽曲の1楽章(1ピース)のように歌曲を歌うのは、私にとって初めての経験でしたが、なんというか…歌が生き生きと音の世界に羽ばたくような気がしました。通常の歌曲リサイタルのように歌曲ばかりを並べると、詩的メッセージが時に多すぎてしまうかもしれませんが、逆に、言葉を持たない音の世界の中に言葉を放つ…、鳥を飛ばすようなイメージとでも言いますか…。うーん、私自身の実感としてはこんな拙い表現しかできないのですが。とにかく歌が新鮮に羽ばたくのが嬉しかったです!お客様はどのように感じられたでしょう?

今回は感染症対策のために、入場定員を減らしての1日2回公演だったため、難しい点もありました。楽器の搬入から調整にはやはり時間がかかり、リハーサルの時間はかなり短く切り詰めざるをえず、14時からの第1回公演は少し落ち着きがなかったような気もします。急な暑さで空調の効きも悪く会場内が蒸していましたのも、緊張感が緩みやすい一因だったかも。そんな状況を察してか、武久源造さんは、第1回公演のシューベルトの途中で予定外にトークを入れたり、臨機応変に場を和ませておられました。結果的には、今回は16時半からの第2回公演のほうが、内容としては集中できていたように思います。

さて、意表をついて始まった今回の公演、プログラム最後のベートーヴェンの連弾作品で熱狂したのち、アンコールにもお客様への更なるプレゼントが待っていました!!武久源造さんの新作歌曲のご披露です。実は、本プログラムで歌ったシューベルト〈Frühlingsglaube〉の詩(ルートヴィヒ・ウーラント作)には、武久さんがすてきな対訳を作られたのですが、その日本語の訳詩に、さらにご自身で新たに曲をつけられたのです。題して〈春への想い〉。これを私は武久さんのスクエアピアノ伴奏により、歌わせて頂きました。ウーラントの心が、シューベルトを経由して、さらに日本語の新しい歌となって羽ばたいていく…。今の、このご時世だからこそ、新しく心に響く歌…。武久さんの演奏には即興性があって、一度生まれ落ちた作品でも、演奏するたびに同じということはありません。いつもどこか変化していて…歌い手としてはドキドキ。でも、この常に新しい音楽というのが、音楽の音楽たるところかも!!会場の熱気もあって、第2回公演では2度歌うことができました。このような新曲の誕生に演奏者として関わることができたのは初めて。本当にすばらしい経験でした。

スクエアピアノの蓋を取り払って、そのピアノから立ち上がる響きを自分の前面に受けて歌うという今回のスタイルは、声とピアノの音の折り重なり合いが、これまで経験したことのないものでした。ピアノの音量によっては、歌っていて自分の低声が聴こえにくく感じ、客席に届いているか初めは不安だったのですが、客席からは大丈夫とのこと。こちらも慣れてしまえば、ピアノの発する竪琴のような音のパレットに自分の声を重ね合わせていく、織物のような合わせものを自分の前で作っていける…その感触が楽しくなりました。奏者同士向き合うことも可能で、ピアニストが歌い手の息を直接感じられる距離感にいるのも利点です。これは、リート演奏の醍醐味を演奏者自身が楽しむことのできる、絶妙の配置ではないかな…と思いました。その意味で今回特に武久さんの伴奏で歌ったシューベルトの〈Frühlingsglaube〉は、歌い手冥利に尽きる、宝物のような時間でした。

この公演では、いろいろな垣根が取り払われていたと思います。まずは、開演時刻の垣根。コンサートはいつのまにか始まっています。それから、出演者とお客様との垣根。出演者はお客様とともに音楽を楽しみます。そしてさらに、器楽と声楽との垣根。ピアノリサイタル、歌曲リサイタルではなく、歌と楽器の音楽は共にあります、ジャンル、形式を越えて…。特に18~19世紀の室内楽となりますと、コンサート主催側としては、どちらかというと声楽と器楽は別ものとしてプログラムを組むほうがやりやすいのかもしれません。出演者を絞れるし、集中できるし、特に歌手は何かと扱いが難しい…。いや、確かに歌う側、特に私のような未熟者としては、ずっと舞台にいるより途中ひっこんで身体を整えたいとか、歌うんだったら1曲じゃなくて、数曲まとまってるほうがいい…とか考えちゃいます。でも、それは出演者の、もしかしたら過剰な心配ごとかもしれない。特に歌手は時として発声のことを気にしすぎ…?今回のプログラム後半、私は舞台上にいながらバッハのシャコンヌ(武久源造さんの渾身の演奏!)に思わず涙がこみあげるほど興奮し、自分が出演者であることを完全に忘れてましたが、その舞台上エネルギーが他出演者に作用するもの…というのも、きっとあるのですよね。出番を待っている間に自分の曲の心配をするより、思いっきり今この瞬間の音楽を楽しんでしまったほうが得だ!と、途中から頭を切り替えて臨みました。そして、結果的にそのほうがよかった。「心配ご無用」でした。

最後に、この私をコンサートに呼んでくださったお二人のピアニストのご紹介として、書籍とCDを挙げておきます。

【CDつき書籍】
フォルテピアノ入門書のひとつとして読みやすい1冊。付録CDに、幡谷幸子さんによるショパンのノクターンop.27-2の録音が入っています。

【CD】
武久源造さんのフォルテピアノによるシューベルトの室内楽と歌曲。ヴァイオリン桐山建志さん、大西律子さんなど豪華メンバーによる自由闊達な演奏。ソプラノ松堂久美惠さんの歌うシューベルト歌曲も魅力的。

【書籍】
約20年前のご著書になりますが…武久源造さんワールドを知る手がかりに。今なお色褪せない言葉の数々。臨床心理学者・河合隼雄さんとの対談も収録。図書館や中古本で入手可能。

ちなみに武久源造さん、ただいまバッハ再考プロジェクト「バッハは踊れる!!」を進行中。今回のコンサートでも演奏したバッハ(無伴奏バイオリンのための)シャコンヌのピアノ編曲版と、バッハの鍵盤作品として名高いイギリス組曲のバロック舞踊つきDVD製作に向け、クラウドファンディングで資金を募っています(2021年7月28日まで)。


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