人間関係は”ぬるま湯”で解決できる:「少年と犬」馳 星周 著【学び】:ウォッカの読書感想文
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お越しいただきありがとうございます!
室長を務めますウォッカです🐸
今回は、ウォッカの読書感想文、【学び】回です!
馳 星周 著『少年と犬』を読んで得た学び・気づきを
つれづれなるままに話していきます。
最後まで、お付き合いを!🎈
あらすじとウォッカの採点
ウォッカの読書感想文~学び・気づき~
犬と人間って必ず良い関係⁉
ウォッカの学びとなった一文を紹介!
この一文では、
愛とドッグフードを、温度と形をもって重ねている。
秀逸な比喩だなぁ。
あんなに愛し合った男女も、
時間という道具を使えば、簡単に冷めてしまう…。
でも、このような心情は、
本書に限らず、というか実際にもよくある話だよね。
(ウォッカは違うけどっ!笑)
でも、ここで、ふと考えることが…。
それは
と。🤔
フィクション、ノンフィクション問わず、
人間と犬との、友情や愛情、信頼が
冷めてしまうというストーリーを聞いたことがない。
あっても、「誰にでも付いていっちゃう」とか。
「待て、を全然待ってくれない」とか。
結局、かわいいの自慢話やないかい!🐕
みなさん、どうですか?
答えは”ぬるま湯”にあり?
では、なぜ犬との関係にネガティブなものがないか。
ウォッカは、こう考える。
ぬるま湯ってどんな時も、心地いい。
もちろん、寒い日はあたたかい湯が、
サウナ出た後は、冷たい水が良い。
なんなら、冷たいなら冷たいだけ良い。
(ウォッカは、サウナが体質的に得意ではないけど笑)
けど、”どんな時も”っていったら、結局ぬるま湯がいいのよ。
真冬にそのまま水風呂に入ったら、風邪ひくし、
真夏に熱湯に入ったら、鬱陶しいし。
その、ぬるま湯の心地よさは、人間(犬)関係においても一緒。
人間の距離感における温度
あなたも、似たような経験をしたことありませんか?
「やっぱり”適度な距離”って大事だな」と思う経験が。
これがまさに、”熱湯の距離感”。
距離が過度に近く、関係性に熱を帯びすぎて、
反発して沸騰している状態。
たぶん3分もいれば、お湯要らずでカップラーメンが出来上がる。
そのまま、1泊なんて、出汁からラーメンを作れちゃう。
(そうしたら、一周回って仲良くなるかも笑)
そして、冷めきった”冷水の距離感”も良くないのは、当然のことだよね。
だから、人間関係においても、
熱すぎず、冷たすぎない、
心地よいぬるま湯状態が良い。
なぜ、犬とは”熱湯”にならないのか
では、まず、なぜ犬とは”熱湯の距離感”にならないのか。
それは、
そう、人間と犬では、言葉が交わせない。
正確に言うと、”言葉を交わせると思っていない”。
しっかり教えたはずの「待て」を守れなくても、
だいたいは「まぁ、でも、それが可愛いもんね~♪」で済まされちゃう。
(たぶん「上目遣いで、ワンって言っときゃちょろい」って思ってる)
でも、人間に対すると、そうはいかない。
「待てって散々いったよね?なんで、できないのかな!😡」
と怒鳴り散らかす。
こういった、人間と犬への対応の違いは、
”言葉を交わせる”と思っている/いないの違い。
これによって、犬とは熱湯の距離感になりにくい。
なぜ、犬とは”ぬるま湯”になるのか
それでいて、家で飼っている犬のほとんどは、
ご飯をあげたり、トイレを交換したり、散歩させたりなど、
生きていく上での、お世話がマスト。
だから、冷水の距離感にもなりにくい。
そう。
結局、熱くもなく、冷たくもない、
ぬるま湯の距離感に自然と落ち着く。
”ぬるま湯”に浸かっていたい
実は、インドア世界選手権で、日の丸を背負うウォッカ。
コスパよく、少数精鋭のお友だちチームで世界と勝負したい。
だから、犬のような
”自然と”ぬるま湯の距離感を築ける選手になりたいな…。
あ!そういえば!
前回の記事で、ウォッカがペットのようなものって書いていた!
よし!ウォッカはこのままでいいってことね!
自己肯定感が爆上がりしたところで、今日はおしまい!🐸
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