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聞こえる、聞こえない、聞こえにくい

あなたは音が聞こえますか。
音が聞こえない人や聞こえにくい人が家族にいますか。

私は娘が難聴であることで、初めて聞こえない人や聞こえにくい人のことを詳しく知りました。もちろん、難聴という言葉は知っていましたが、今まで家族や友だちに難聴の人がいなかったので、具体的にどんなことで困るのか全く知りませんでした。娘が難聴と診断されてから慌ててインターネットで調べましたが、あまりの情報量に困惑する日々を過ごしました。

聞こえない人や聞こえにくい人のことを調べていると、社会がいかに聞こえる人向けに作られているかが分かります。「聞こえのバリアフリー」はどうしたら実現できるのでしょうか。

▶︎カーブカット効果から学ぶ

-自ら作ったコンクリートの塊が、世界中に広まり多くの人の助けになった話-

今や車椅子のためのスロープはいたるところにあります。1970年代初頭にはそれらがほとんどなく、車椅子での移動が非常に困難だったことをご存知でしょうか。

多様性を生み出した事例としてすぐに思い浮かぶのが、スタンフォード・ソーシャルイノベーションレビューでも取り上げられている「The Curb-Cut Effect(社会を動かすカーブカット効果)」です。

この論文では、カリフォルニア州バークレーのとある歩道の縁石にセメントを流し込んで、簡易的なスロープを勝手に作ってしまった話が紹介されています。本来であれば警察に捕まってしまう行為ですが、このスロープにより車椅子で移動する人々が助かるため見逃してもらったそうです。

当時、全米のあらゆる都市において車椅子での移動は簡単ではなかったようで、車椅子で道路を渡る時は障害物競走のようであったと表現されています。政治活動が盛んなバークレーではこの小さな簡易スロープから車椅子を使う人々の声が広がり、何百ものスロープが作られ、後に全米に広がり何十万ものスロープが作られました。

するとスロープを使ったのは車椅子を使う人々だけではなかったのです。ベビーカーを押す人々、台車やスーツケースを運ぶ人々、そしてスケートボードで楽しむ若者までがその恩恵を受けることになったのです。

最初は困っている当事者が自力で作ったコンクリートの塊が、後に多くの人々を助けることになり、行政や政治が動き、それが世界中に広まっていったという、多様性について考える上で欠かせないストーリーですね。

▶︎聞こえる子どもたちと一緒に学ぶことを選択した娘のケース

生まれてくる子どもの1000人に1人が先天性難聴児とされています。娘が通う学校はこの地域では児童数が多い方なので1学年に150名ほどいます。同じ規模の学校7校の中に難聴児は1人しかいない計算になります。そのため、聞こえる子どもたちが難聴のある子どもに出会う確率はとても低いことになります。

障害がある子どもは適切な教育を受けるために、入学前に地域の教育委員会に就学相談を申し込む必要があります。難聴児の場合、特別支援学校のいわゆる"ろう学校"、地域の小学校に特別支援学級があればその学級、ない場合は近隣の学校に設置されている特別支援教室に通うという選択肢があります。ちなみに、我が家から一番近いろう学校はバスと電車を乗り継いで45分くらいのところにあります。同じ学年の児童数は2、3名です。丁寧な教育を受けるにはとても良い環境ですが、多様な子どもたちがいることを知るためには、もう少し人数の多い学校に行かせたいという気持ちがありました。

我が家の場合、長女と一緒に学校に通わせたかったのが第1の理由ですが、社会に出た後のことをイメージすると、聞こえる子どもたちと一緒に過ごして欲しいと考え地域の小学校に通うことにしました。娘は人工内耳が有効なタイプの難聴で音が良く聞こえているので、このような選択が出来たのでしょう。とはいえ、難聴であることには変わりませんので、聞こえにくい場面がありますから、学校ではいろいろな配慮をお願いしています。

また娘は週に1回、別の小学校に設置されている「聞こえの教室」に通っています。そこでは、発音の練習、言葉の勉強、音声言語でのやりとりなど、難聴児が苦手なことを個別指導してもらいます。詳しくは先日取材して頂いた「手話を知ろう! (知ろう!あそぼう!楽しもう!はじめての手話①)」で4ページ使って紹介されていますので、学校の図書室などで探してみて下さい。

通常の授業では、席を前から2番目にしてもらったり、なるべく黒板に文字を書いてもらったり、ディスプレイを使って視覚情報を使ってもらったりといった情報保障をお願いしています。複数の人が同時に話していると、いくら人工内耳をしていても聞き取りにくくなります。そのため、発言は一人ずつしてもらうように先生を通じてクラスの子どもたちにも伝えています。

余談ではありますが、学校や周りのお友だちや保護者の皆さまにはお願いばかりしているので、PTA活動に参加して出来る限り恩返しをするようにしています。その結果、昨年度はついにPTA会長まで務めてしまいました。

娘も聞こえにくいながらに頑張っており、それを受け取ったのか周りの子どもたちはとても理解を示してくれています。聞こえやすいようにゆっくり話してくれたり、発言を繰り返してくれたり、子どもたちは自然と難聴について学んでくれています。

娘が聞こえる社会に飛び込んだことで、化学反応のように多様性のある環境が生まれているのを肌で感じています。一番仲の良い友だちは娘が教えた指文字を覚えてくれたので、先生の言葉が通じなかった時は指文字を使って通訳してくれることもあるそうです。友だちは毎年増え続け、とても楽しく学校に通っていますから、私たちの選択は間違っていなかったのだと確信しています。

▶︎情報の可視化が多様性を生む

学校では情報をなるべく可視化するようにお願いしていますが、それらの配慮は難聴児だけのためでしょうか。最近では多様な発達障害のお子さんもいらっしゃいますし、障害がなくても情報を可視化してもらうと理解が進みます。

音声言語はとても曖昧な情報です。例えば、「かんき」と聞くと、今のご時世では「換気」を思い浮かべるかもしれませんが、「歓喜」「寒気」などもあります。大人になれば前後の文脈から自然と意味を推測しますが、言語が発達途中の子どもや聞こえにくい難聴児は、その1つの単語が分からなくなることで、言っていること全てが理解できなくなることもあります。

私は大学教員をしているのですが、150人ほど受講している講義で、スマホアプリを使ってリアルタイムに字幕をつける実験をしてみました。難聴の学生は一人もいません。学生に字幕があった方が良いかアンケートをとったところ、8割以上の学生が「字幕があった方が授業をより理解できる」と回答しました。音声で聞いている内容がより明確になることや、聞き逃したところを見返すことができるメリットがあるようです。

「情報の可視化」は、カーブカットにおける「コンクリートの塊」と同じように、多くの人を助ける鍵になるのかもしれません。すでにスマホアプリで話している言葉を簡単にテキスト化できる時代になりましたし、それを多言語に翻訳することも可能です。聴覚障害の有無だけでなく、言語の壁さえも超えてコミュニケーションを可能にするツールとなるでしょう。

▶︎当事者が1歩踏み出す勇気が多様性を生み出す

バークレーのスロープにしても、娘が地域の小学校に通っていることにしても、当時者が1歩前に踏み出したことにより、それ以外の人が「課題」に気づき、それに対する「行動」に繋がっていることが分かります。もし、1歩踏み出す勇気がなければ、それらの「課題」を多くの人が知る機会が失われていたでしょう。

「課題」に気づくことはとても重要です。例えば、学校の教室にゴミが落ちていたとします。それを拾うか、知らないふりをするかで、学校が清潔に保たれるかどうかが決まるでしょう。学校がゴミだらけになれば、外から来た人は「汚い学校だな」と感じるでしょうし、ゴミがなければ「キレイな学校だな」という印象が残るでしょう。学校全体の印象が、たった一人の気づきで決まるかもしれません。

私は難聴の娘を育てている中で、言葉を覚えることに困難を感じました。日常生活で覚えて欲しいものがあっても、なかなか覚えてくれません。そこで、思い切ってアプリの開発を思い立ったのでした。詳しくはこちらのブログをご一読ください。

通常は紙の言葉カードを使ったり、ドリルを見ながらノートに書いたりして言葉を覚えます。もちろん、そのような従来の学習方法は重要ですが、子どもの集中力は長くは続きませんし、いつでもどこでも学習できるわけではありません。しかし、スマホアプリにすることで、子どもは自ら進んで操作をしますし、移動中やちょっとした隙間時間に使えるので、学習する時間が必然的に増えます。

子どもが言語を上達させるには、言葉のシャワーを浴びせることが大切だと言われています。つまり重要なのは従来の学習方法にこだわる事ではなく、子どもが言葉と触れ合う時間を増やすことです。音声で言葉を聞き取れないなら、視覚的な情報を増やして学習すれば良いと考えました。

アプリをリリースすると、難聴児だけではなく、発達障害を持つ保護者の方や大人の方でも失語症でリハビリをしている方などが、このアプリを必要としていることが分かりました。さらに、障害のない人々も、外国語を覚えたり、専門用語を覚えたりするのにも使えることが分かってきました。

私はこのアプリがカーブカットにおける「コンクリートの塊」となり、多くの方々の助けになることを望んでいます。そして、誰もが辛い思いをすることなく、どんな人も言葉を楽しく学べるような社会にしたいと思います。

ぜひダウンロードして使ってみてください!
Vocagraphy! 公式サイト
https://blw.jp/
(iOS/Android)
※無料/アプリ内課金なし

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