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あなたは夢をあきらめるべきか


夢をあきらめてから

夢をあきらめたあの日からずっと元気がない。数年かけて追っていた夢をあきらめた。追っているのが苦しくなった。届きそうにない適性もおそらくない夢を追うのが苦しくなった。今まで経験したことのない脳が完全に支配されたような希死念慮に襲われた時、夢をあきらめざるをえないと思ってやめた。今まで何度もやめたいと思ったことはある。理由はいつも同じだった。適性のなさと実力不足。あきらめることを決めた最後の日から多くの情報に触れた。そこで自分が出会った一つの考えがある。それは、

苦手を克服しようとするな

学校では「苦手を克服しよう」とよく言われた。模試の成績が返ってきたときも、苦手を克服するようにと書かれていた。まるで洗脳されてるみたいに、そう理解してた。そんな自分が夢をあきらめて初めてたどり着いたのは苦手を克服しようとするな、という考えだった。なぜ苦手を克服してはいけないのだろうか。

得意を潰すことになる

そう、苦手を克服してはいけない理由は得意を潰すことになるからだ。我々の時間というのは無限ではない。我々の時間は有限である。そうであるから苦手を克服する時間はもったいないのである。同じ時間と努力量を得意分野に注げば輝くことができる可能性が高い。実際、自分は苦手を克服したいという動機から夢を追い始めた。苦手だろうと関係ないと思っていた。そんな自分が数年後にたどり着いたのは希死念慮だった。自分は幸せになりたい。希死念慮は自分にとって幸福とは対極的なものだ。苦手を克服しようとして、いくつか改善されたものはあった。しかし、改善されないものも複数あった。自分が一年かけて得たものを1カ月も経たずに苦だとも思わずに得る人もいる。それは才能の差と言っていいだろう。その時間が無駄ではなかったという理由を並べるのは容易だが、得意を伸ばせなかったという意味でははっきり言って無駄だった。これは認めたくない事実であり、他人から無駄だったねと言われれば顔を真っ赤にして怒ったような泣きそうな顔で無駄じゃなかったと自分は言うだろう。しかし、実のところ無駄だったのだ。本当に無駄だったのだ。

夢をあきらめるのは悪いことじゃない

夢をあきらめることで、自分に合った分野に目を向けることができるようになる。それは現実をはっきりと直視することではないだろうか。だから、夢をあきらめるというのは苦しいことだ。お酒やたばこ、ゲーム、アニメ、SNSで現実逃避する人が多くいる中、夢をあきらめるという選択をするのは本当に大変だと思う。しかし、その分、たくさんの時間を使って追った夢をあきらめることには価値がある。これは夢に破れた者の正当化ともいえるだろう。だが、正当化して何が悪い。納得できる理由があれば人はなんとでも動けるだろう。

夢をあきらめるか迷っている人へ

人生を効率的に戦略的に生きたいと思うなら夢は追わないほうがいいと思います。人生に深みを与えたい濃い人生を送りたいという人は夢を追い続けてもいいと思います。しかし、うつ病になってしまっては夢どころではなくなってしまう。だから、体と相談しながら追い続けるかを考えてください。

夢をあきらめた人へ

心を大切にしてほしいです。そして、現実逃避の先に見える自分の得意分野が何かを考えてみてください。その時、複数の得意分野をもし見つけたら、それらの中に苦手なことが含まれていないかを考え、あなたの進む道を決めてみてください。

選択に迷う人へ

得意分野を選ぶことをおすすめしますが、あなたが自由に進みたいと思うほうへ飛び込んでも何も問題はないと思います。それがあなたの人生だから。


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