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知性の限界(著者:高橋 昌一郎))

予備知識なしで楽しめるディベート形式の論理哲学入門書!
前著『理性の限界』で論理哲学への斬新なアプローチを展開し話題になった著者が書き下ろす哲学ディベート第二弾。人間の知的営為の基本である「言語」「予測」「思考」の限界と可能性を論じる。ウィトゲンシュタイン、ヘンペル、ナイト、ファイヤアーベント、カントらを次々と俎上に載せ、哲学者・科学者から女子学生、会社員や運動選手までもが参加して、哲学から経済、宇宙論まで、ときに脱線しながら熱く楽しく語り尽くす。

本書は以前ご紹介した図書『理性の限界』の姉妹編にあたる。この本では人間の知性では越えられないテーマとして言語・予測・思考をメインに取り上げているが、今回は予測の限界で取り上げられている「バタフライ効果」について紹介してみたい。

数理経済学者
 株式市場は、世界中で生じる、あらゆる偶発的な災害やテロに敏感に反応し、日々の政治的・経済的要因、あるいは社会的・心理的要因によっても変動します。とくに、最終的に売るか買うかの投資家の判断は本人の心理状態に起因し、そのうえ「集団心理」の影響を受けることもありますから、その反応が増幅されて、市場が急激に上昇や下降する結果につながる可能性もあるのです。
 たとえば、ある朝。ある投資家が、所有している化粧品会社の株をすべて売ったとします。なぜ彼は、昨日でも翌日でもなく、今日に限って全株処分したのか?チャートを見て今日が最高値だと思ったか、他の株を買うために資金が必要になったからか、あるいは単に売りたい「気分」になったからかもしれません。それでは、なぜそんな気分になったのか?もしかすると、その原因は、昨夜の夕食時、その化粧品を使っている奥さんとケンカしたことにあるのかもしれません…。
 ところが、彼の「売り」が他の投資家に「弱気」の影響を与え、その化粧品会社の株が下落し、さらに「集団心理」が生じて化粧品・薬品・アパレル関連株と広がって売り一辺倒となり、市場全体が全面安となり、翌日の朝には、突然の雪崩のように大暴落が生じる可能性もまったくゼロではありません。このような遠因まで計算することは、到底誰にも不可能だということです。

複雑系物理学者
 今おっしゃったような株式市場の鋭敏な反応は、気象学の世界では「バタフライ効果」と呼ばれています。これは1972年、マサチューセッツ工科大学の気象学者エドワード・ローレンツが「予測可能性ーブラジルの蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか」という講演を行なったことから名付けられた現象で、ブラジルで1匹の蝶が羽ばたくと、空気中の気体分子が次々と連鎖する相互作用が生じ、数週間後にはテキサスで激しい竜巻が生じるということです。

会社員
 あははは、「風が吹けば桶屋がもうかる」みたいな話ですね。勿論、フィクションでしょうが…。

複雑系物理学者
 いやいや、とんでもない。「バタフライ効果」は、フィクションでも冗談でもなく、紛れもない現実ですよ!そもそも最初にローレンツが「バタフライ効果」を発見したのは、大学の研究室のコンピュータで、流体シミュレーションを行なっていたときのことでした。(中略)
 その日の朝、彼は前日に実施したシミュレーションを再確認しようとして、前日と同じ初期値を同じプログラムに入力して、カフェテリアでコーヒーを飲む為に部屋を出ました。そして部屋に戻ってきたところ、コンピュータの生成した気候が前日の結果とまったく異なるのを見て驚いたわけです。
 実は、彼のコンピュータは小数点下六桁までの数字を用いてシミュレーションを行なっていたのですが、ローレンツは小数点下四桁以降を誤差範囲と考えて、小数点下三桁までしかアウトプットしないように設定していました。そこで、アウトプットされた印刷に基づく彼のインプットは、小数点下四桁以降については前日のインプットの数値と異なっていたわけです。

司会者
 それにしても、小数点下四桁以降とは一万分の一以下の違いですね。それだけで、それほど大きな変化が出るのでしょうか?

複雑系物理学者
 だからこそ「バタフライ効果」と呼ばれるようになったわけです。専門的には「初期値に対する鋭敏な経路依存性」を指すのですが、気象現象や経済現象のように、あまりにも多くの要因や未知の要因が相互に関係しているシステムでは、ごく微細な初期値の相違がシステム全体の振る舞いに大きな影響を与えるのです。我々は、このようなシステムを「複雑系」と呼んでいます。(続く)

本書では他にも言語理解の限界や帰納法(個別から普遍を導く推論法、その反対が演繹法)の懐疑性についても取り上げているが、どれもなるほどと思う内容ばかりで非常に面白い。知性の本質に興味のある方におすすめです。



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