あ、「餅」と書けばよかったな
恐るおそる餅を食べてみた。
そうしたら、なんと、意外と食べられることが分かった。
大好きな餅が、ついに食べられる!
事情を知らない人にしたら何を言ってるのか分からないかもしれない。
大好きなのに意外と食べられるってどういうこと?と。
ご存じの方は、やっとやん!と手を取り合って喜んでくれるかもしれない。
そう、僕は2年前の春、口の中の大がかりな手術を受け、それ以来さまざまに不自由な思いをしてきたのだ。
大好物だった餅を食べることも、その時以来諦めた。
僕の上顎には穴がぽっかりと開いている。
上顎の裏にあった悪しきものを切除する手術だった。
上顎の再建術もなくはなかったが、手首から動脈ごと移植して頸動脈に繋ぐという極めて危険な大手術となると医師から説明を受けた。
そこまでしても完全な再建にはならないというから、僕は穴が開いたまま放置することを選んだ。
ただ、穴が開いたままでは食べられないし喋れないので、寝るとき以外は上顎を覆うカバーを装着している。
それでもカ行の発音が困難だったり、食べものがカバーの裏側に行ってしまったりと数々の不自由がある。
とはいえ、術後すぐは流動食しか口にできなかったことを思えば、格段にふつうの人にはなれているのだけど。
慣れとはすばらしい。
ただ、餅はダメだ。
上顎のカバーにくっついて食べにくい…どころか、カバーが外れる。
腹がはち切れるまで食べたいくらいに餅は大好物なのに。
そのままでもいい、海苔と醤油で磯辺もいい、きな粉と砂糖で安倍川もいい、餡をくるんであんころもいい。
餅はやっぱり角餅ではなく丸餅でなければ——
いや、話が逸れた。
そんな大好物の餅を、僕は手術以来完全に断ったのだった。
淋しいし、悔しいし、悲しいし、情けない。
でも、この2年をかけてどんどんいろんなものが食べられるようになったということは、もしかして…?
そう思って、餅を試してみることにした。
恐るおそる…
あ! 食べられる!
カバーに細かくくっつくものの、カバーごと持っていかれるほどではない。
多少、いや、かなり食べにくいけれど。
曲がりなりにも餅が食べられるその事実だけで僕には十分だった。
少しずつ食べて慣れ、来年には楽々食べられるようになってやる!
*
餅と再会してすこぶる気分よく、久しぶりに毛筆を手にした。
書きたい字を書きたいように書く。
こんなに爽快なことがあるだろうか。
あ、「餅」と書けばよかったな。
(2025/1/4記)