昭和のタイムマシーンとしていつまでもこのままあることを願う
元町に〈丸玉食堂〉という台湾料理店がある。
雑誌でもよく取り上げられる人気店だ。
最近では関西ローカルの雑誌「Meets Regional」で、神戸出身のダンサー・森山未來が高架下酒場の一つとして訪れていた。
この食堂、形容するなら「昭和の遺産」というほかない。
JR元町駅の高架下に戦後すぐに開業したという。
入口からしてすでにディープだが、これしきで怯むわけにはいかない。
ガラス戸を開けて踏み込むと瞬時に70年のタイムスリップ、そこには昭和の空気がそのまんま閉じ込められていた。
壁掛けの扇風機に、淡い青緑色のタイル、コンクリ打ちっぱなしの床。
場末の診療所といった風情だ。
さらに奥が長い。
どうやらうなぎの寝床とは京の町家のためだけの言葉ではないようだ。
トイレの入口に「男湯」「女湯」の暖簾をかけるのは、もうベタすぎて何も言う気になれない。
まずは〈腸詰め〉を頼む。
メニューに「豚肉サラミ風」と解説されているとおりしっかりめの歯ごたえだが、味は濃くはなく、添付の甘辛味噌ダレをつけてほどよい。
代表メニュー〈ローメン〉を頼む。
メニューには「あんかけ卵とじ麺」「沖縄そば風の平麺」とある。
往年のカレーのような深皿で出てきた。
見えなかった麺を引っ張り出してみると、軟らかい平麺。
味が濃そうに見えるが、驚きの薄味。
シャキシャキの白菜と、トロンとした優しい餡かけで身も心も温まる。
ここに来てこれを頼まずには帰れないといわれるのも頷ける。
〈ローメン〉600円、平日昼限定のライスつき〈ローメン定食〉600円。
〈ローメン定食〉とはっきり頼まないとライスはつかないので要注意。
〈ローメン〉は漢字で「老麺」とされるが、本来中国語で老麺は小麦の生地を発酵させるための天然酵母のことを指すから、正しいかどうか。
「麺」と「粉」
「麺」とは、日本語では細長い形状のものを指すが、中国語では小麦生地のことをいうから、豚まんの生地も餃子の皮も「麺」だ。
また日本ではビーフンやフォーなど小麦を使わないものも「麺」というが、ビーフンの「フン」がそうであるように、中国では「粉」と呼ばれる。
ちなみに長野・伊那の有名な〈ローメン〉は「肉麺」と書き、羊肉の焼きそばのようなものだからまったくの別物。
〈丸玉食堂〉の入口は、冒頭の正面からの写真で見ても十分怪しかったが、引くともっと怪しい。
JRの高架の耐震工事で左右の店はもうなく、スカスカ。
この〈丸玉食堂〉も長らく立ち退きを求められている。
きな臭い話も多い三宮から元町にかけてのこの一帯、どうなるだろう。
できれば昭和のタイムマシーンとしていつまでもこのままあることを願うが、それは僕だけの思いではないはずだ。
(2022/1/30記)
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