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お山のボスザル

朝のバナナをかじりながら、ふと世界のリーダーたちの顔を思い出す。
動物園のサル山でバナナを独占するボスザルの姿がオーバーラップした。

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お山の大将、という子供の遊びがある。
少し高くなったところに競って登り、てっぺんを取った者が、他に登ってこようとする者を突き落とす遊びだ。

転じて、小集団でいばる人、常にトップにいないと気が済まない人、周りにイエスマンしか置かない人などを指すようになった。
もちろん相当にネガティブな揶揄だが、この手の人はいっぱい見かけるように思う。

周囲を蹴落とし「てっぺんを目指す」競争社会に育った世代でも、「てっぺん取ったあとどう振る舞うか」を学ばなかったからだろうか。
順位をつけず「てっぺんのない」平準社会を育った世代は言うに及ばず。
リーダーシップ論や帝王学など、信頼関係の上に立って人を率いる術を学ぶ機会が訪れるのはずっと大人になってからだ。

てっぺんを取りたい、が人生の原動力だった者たちは、そこに登りつめたあと疑心暗鬼の権化となるのが通例だ。
すべての人が信じられなくなり、すべての事象が厄災に見えるようになる。
共産圏の大統領然り、主席然り、総書記然り、そして鎌倉殿然り。

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サル社会には厳格な序列があって、てっぺんに君臨するのはボスザルだ。
餌はいちばんに食べて肥えるが、衰えてきたら若手に追い落とされる…
てっぺん取った世界のリーダーたちはどうもサルを手本にしているらしい。
お山の大将、いや、お山のボスザル。

ところが実は、野生界のサルにはボスなどいないらしい。
狭い動物園に閉じ込めるから、餌や縄張りの問題が生じてボスが出現する。
サルの序列は、人為的な環境によるものだったのだ。

だとすれば、世界のリーダーがてっぺんを目指すのも、そこに立っていちいち疑心暗鬼に苛まれるのも、人間社会が狭すぎて密だからかもしれない。
それはそうだ、群れが衝突しなければ核戦争もない。

ちなみに、野生のサルはバナナも食べない。

(2022/8/26記)

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