すごぶるおいしかったので許して
カツ用の豚ロースを買い込んでいたのを忘れていた。
昨日また異常に暑かったから、冷やし中華でも作ろうかと思っていたが、いざ冷蔵庫を開けるとそこに豚がいる。
鶏なら冷やし中華にもいいが、よりによって厚切りの豚…
しょうがない、豚にするか。
ゴールはトンカツかトンテキかの2択に絞られてしまった。
うぅむ…どっちも暑いやん…
ふと冷蔵庫の中の赤味噌と目が合った。
カツ+赤味噌、僕の頭の中にはもう〈矢場とん〉しかなかった。
終戦間もない1947年創業、名古屋の元祖味噌カツ店だ。
手羽先、ひつまぶし、味噌煮込みうどんなどと並んで味噌カツは、今や名古屋メシの代表ともいえる。
僕は小学高学年のあたりで突然、油ものを受けつけなくなった。
それまで好きだったフライや天ぷらがダメになり、唐揚げはかろうじて食べられるかなという程度。
それでも味噌カツであればなぜか食べられたのだ。
きっと味噌ダレに使われている赤味噌の酸みが、トンカツの脂っこさを中和してくれるからだろう。
いくらでも…とはいわないが、おいしく食べることができた。
愛媛の村おこし時代、名古屋への出張は本当に頻繁だった。
松坂屋、三越、高島屋などの店頭に年に何度も立ったものだ。
その出張のたび訪れたのが〈矢場とん〉なのである。
〈矢場とん〉の味噌カツ丼がこれだ。
甘い味噌ダレがかかったトンカツはもはや油ものではない――
冷蔵庫に豚と赤味噌を見つけた僕は、なぜか急に〈矢場とん〉を目指すことになった。
カツをサクサクに揚げ、タレをトロトロに仕上げる。
どうだ!
いや、なんで? 全然違うやん。
〈矢場とん〉のはケチャップみたいな色しとうで。
〈矢場とん〉公式サイトに書いてあった。
はい、いかにも赤味噌という味噌ダレをかけた。
でもすごぶるおいしかったので許して。
僕は数年前、なぜかこれまた突然に油ものが食べられるようになった。
だから正直、今は味噌ダレがなくともトンカツは平気になっている。
しかし僕の中では、たまに実家にあった『ひるげ』の赤味噌への幼き思慕が、いまだに断ち切れないのである。
(2023/7/26記)