どちらの親子丼もちょっと「辛い」けど
京都で親子丼を食べるとしたら、西陣〈鳥岩楼〉か、錦〈まるき〉に限る。
このどちらかでしか食べたことがないだけだけど。
西陣〈鳥岩楼〉
〈鳥岩楼(とりいわろう)〉は、かしわ(鶏肉)の水炊きの店。
戦前に創業した、新鮮なかしわが堪能できる老舗だ。
入るのがためらわれるような風格ある店構え。
京都で過ごした学生時代にはもちろん縁があるはずもない。
東京の出版社に就職し、京都国立博物館の企画展に編集部5人ほどで上洛した際に同僚が下調べで見つけて訪れ、それからたびたび足を運んでいる。
靴を脱ぎ、坪庭を見ながら奥へ奥へと通されて、2階へ上がれば広間。
階段は急だし、椅子席もないしで、まったくバリアフリーではないが、100年以上も前に建てられた町家だからやむを得ない。
©京都ツウ読本
夜は水炊きのみ、昼は親子丼のみという潔さ。
値が張りすぎて夜は行けた例しがないが、逆に昼はこんな値段でOKデスカ?とカタコトになりそうなほどリーズナブル。
オーダー不要で自動的にこのプルンプルンの親子丼が運ばれてくる。
さすが専門店、ここまで味のあるかしわにはなかなか出会えない。
味はかなり濃厚で、醤油の味がはっきりした甘辛。
よく関西は薄味と言われるが、京都の味つけは総じて結構濃く、神戸や大阪とはちょっと違うなと思う。
京都らしく山椒もたっぷりかかっていて、メリハリのきいた親子丼だ。
そしてトロントロンの鶏スープがついてくるのは、さすがかしわ専門店。
夜だとこの白濁スープをもっと堪能できるんだろうなぁと空想してみる。
うなぎの寝床と称される京町家の奥深さ、階上の広間の狭さ(広間なのに)など、きっと龍馬が暗殺された近江屋もこんな造りだったのだろうと、これも空想しながら親子丼を頬ばる。
錦〈まるき〉
〈まるき〉は蕎麦屋。
創業70年を超す、こちらも老舗。
店内はとても狭く、すぐ満席になってしまう。
蕎麦屋だから麺類のメニューがずらりと並ぶが、僕の記憶でいえば客の7割ほどがこの親子丼を頼む。
こちらも味は濃く、辛っ…と思わず声が漏れる。
ちなみに関西の「辛い」は、関東でいう「しょっぱい」のこと。
蕎麦屋ならではのダシをたっぷり含んだトロトロの卵、ゴロゴロのかしわ、たっぷりの山椒、そして彩りと食感に絶妙なアクセントのネギ。
賑やかな錦市場にあるからか、暖簾は〈鳥岩楼〉よりはるかにくぐりやすく、気軽に楽しむことができる庶民派の親子丼。
ただし気まぐれで早く店じまいすることがあるので、早めに行きたい。
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あぁ…久しく食べてないな、京親子丼。
この幸せの黄色い丼、書いていたらまた食べたくなってきた。
どちらの親子丼もちょっと「辛い」けど。
(2020/1/11記)