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店はもっと自信を持ってとんがればいい

愛媛に暮らした20年、僕は商売の世界に身を置いた。
主たる任務は山奥の村おこしであり、そのためにご当地の特産品で作った和菓子を日本一にすることに全精力を傾け、そして実際そうなった。
今でもその菓子は絶大な人気だ。

人口1000人の小さな村から、年間売上1億円を超す商品が生まれた――
そんなニュースは瞬く間に業界に広まり、僕はその極意を話してほしいと各地から招かれた。
聴衆の多くは、ひとつでいいからヒット商品を生みたい企業のマーケターだから、講演に期待されるものはハナから分かっている。
僕はできる限り演壇に立った。
聴衆の期待とは正反対の話をするために。

マーケティングとは顧客ありきの発想だ。
「顧客にとって価値あるものを創るための活動」と説明される。
言葉を補えば「顧客にとって価値あるものを調査し予測し想像して創るための活動」となるだろうか。
顧客が欲しているものを予測し、当てることができれば、それは「顧客にとって価値あるもの」になる。

その手法に意味がないとは言わない。
顧客の潜在的な欲求を満たせれば長期的なヒット商品になるし、そうでなくても一時的なスマッシュヒットは打てるかもしれないからだ。

だけど僕はそんな手法が大嫌いだ。
顧客にウケる商品を創ることが楽しいなんて思ったことは一度もない。
僕がやったのはまったく逆の、「創ったものを顧客にとって価値あるものにする活動」だった。
創ったものの根底にあるストーリーを顧客に伝え、価値を見出してもらう、ブランディングとよばれる活動だ。

顧客のニーズは移ろいやすい。
そこに照準を合わせて創ったものが短命に終わることは自明の理だ。
それに対して創作側の思いは確固として強い。
そのストーリーを粘り強く伝え、受け入れられたときの持続力は創作側の想像をも超える。

悲しいかな、どこで講演しても「こんな思いでこれを創ったのだが、どうやったら売れるだろうか」という相談はついぞ一度もなかった。
聴衆がマーケターなら当然と言うべきか。

その和菓子は、ネットのショッピングモールでも飛ぶように売れた。
モールの担当者は、全国の加盟店の中から人気の8店を選抜し、その店長を集めて東京・晴海で合宿を開いた。
僕もそこに呼ばれ、こう発言した。
「店は創りたいものを全力で創り、客に示し、選んでもらう。間違っても客が求めるものを創ろうとは思わないし、客に媚びて売ろうとも思わない」
モールの担当者は、ありえない!と反論しようとしたが、その場に集まった店長たちは「よくぞ言ってくれた。それは常々思っていること。断じて客ありきなどではない」と口を揃えた。

店はもっと自信を持ってとんがればいい。
思いあふれ創らずにはおれなかったものを、それぞれの店が持つストーリーの数だけ生み出すべきだ。
その無数のとんがりの中から、客は自分の気に入ったものを選ぶ。
僕は、それこそが幸せな客と店の関係だと思うのだ。

(2023/4/27記)

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