鯛刺ししか勝たん
仕事の宿題が途方もないのに、明石の鯛と目が合ってしまった。
おかしいな、チャンチャン焼きでも作ろうと鮭を買いに行ったはずなのに。
それならぶつ切りでフライパンに放り込めばすぐできるから。
でも結局、どこの海で獲れたか分からない、もっといえば本当に鮭かどうかも分からないものより、地元の鯛に限る。
1尾980円という天然明石鯛がずらりと並ぶなか、1尾だけ680円の値がついたものがいた。
見た目やや小ぶりかなと思ったが、手に取ってみると重さの違いは歴然。
育ち盛りがいるし、デッカくて重い方がよいかと980円のをカゴに入れた。
が、ちらりと横を見ると、さらにデカい鯛+デカい鰺+ほどほどの鯖+小ぶりの舌平目が1尾ずつセットになって1,000円というのがあってうろたえた。
え、あと20円足すだけでこんなにも…
以前の僕なら躊躇なく1,000円の4種セットに乗り換えただろう。
けど今はその4尾をさばいたり下処理したりする時間が取れない。
断腸の思いで1,000円セットから目を背け、今一度カゴの鯛に向き直る。
…ごめん、やっぱり680円のにするわ。
980円に謝ってショーケースに戻ってもらい、680円を呼び入れる。
そう、僕はチャンチャン焼きをしようと思って店にやってきたのだ。
きれいにさばいて鯛刺しなどを作っている場合ではない。
筒切りにして塩焼きで食べよう、それなら680円でよいという判断だ。
ようこそわが家へいらっしゃい。
ではこれからオペをはじめま…
娘が台所にやってきた。
鯛をまじまじと眺めている。
娘は鯛が好きなのだ。
「うまそうな鯛見つけたから買うてきたで。今日は塩焼…」
「刺身にして」
「あ、はい」
娘は鯛刺しが好きなのだ。
かくして結局美しく三枚に下ろすことが求められることになった。
はぁ、やれやれ。
でも、鯛を食べるならやっぱり刺身というのは僕も激しく同意だ。
塩焼きももちろんうまいけれど、キュッキュと歯が鳴るようなあの食感は、どうしても黒板を釘でキーッと引っかく音を思い出していただけない。
鯛刺ししか勝たん。
娘は「刺身にして」とだけ言い残し、TOEICを受けに街へ出ていった。
聞いて驚いたが、高3の息子が朝から模試を受けに行っているのと同じ大学が試験会場だとか。
神戸に大学はあまたあれど、なぜに違う目的の息子と娘が同じ大学に集まるのだろう。
なんだかおもしろい偶然と、頭を使って疲れて帰ってくるだろう2人のために、とびきりうまい鯛刺しを用意して待たねば。
息子も鯛刺しが何より好きなのだ。
うまみが凝縮された鯛の皮は絶対に引かない。
丁寧に湯霜にして、コリコリとした食感を残す。
そうそう、汁の好きな息子のために、鯛アラの潮汁も忘れてはならない。
絶妙な塩分4%の枝豆に、小松菜・チンゲン菜・お揚げさんのおひたしも。
あ、おかえり。
おつかれさま。
詩ちゃん負けてもたで、一二三はバッチリ金!
神戸の星・阿部兄妹の結果を子供たちに伝えながらの夕食。
…? 何か忘れていることが引っかかる。
え、何やったっけ…
あ! 宿題!
うそぉん! あの膨大なの明日提出やで…
(2024/7/29記)