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悪役が好き

2005年から15年余りも続いたアメリカのTVシリーズ、「スーパー・ナチュラル」を改めて観ていて、ある悪役にハマってしまった。仕立ての良いスーツに身を包み、イングリッシュ・アクセントで話すこの人物はエレガントな見た目とは裏腹に、ロシアの特殊部隊も顔負けの訓練を受けた強者。ジャズを聴きながら敵のいる現場にやってきて、車を降りた瞬間顔色一つ変えずにマシンガンをぶっ放す。
大多数の登場人物たちがチェックのボタンダウンシャツにジーンズでカンザスやミネソタなどを車で行き来するアメリカンロード・ムービーっぽい雰囲気の中に、ある意味ジェイムズ・ボンド的な英国のエッセンスを持ち込むのが彼だ。
自分の属する組織の目的のためには、かなり残酷な手口を使っても目的を遂行するサイコパスに近い人物像なのだが、この役を演じる俳優がなんとも言えない味を出している。感情を押し殺し、上からの命令ならば時として仲間ですら躊躇なく殺害する血も涙もない人物像。
人々からは何の共感も得られないはずなのに、時折過る人間的な表情が何とも魅力的なのである。

恋愛感情などバカにしておきながら、それをうっかり感じてしまう自分に苛立ってみたり、隠そうとしたりと内面の葛藤がふとした表情に表れる。
他にも嫉妬とか、重くのしかかる過去の哀しみに深い後悔といったハードな感情が彼の中を渦巻く。そうした人間の性(さが)みたいなものが思いがけず冷酷な眼差しを潤ませる瞬間、見ている者は思わずハッとするのである。

「悪役」という言葉で思い出す人がいる。
時は遡り、私が6年生の時の事だ。学校の催しで10年生( 私の行っていたエスカレーター式の学校における学年の呼び方。つまりは中学2年生)が「ヴェニスの商人」の劇を上演した。
その時に冷酷な ユダヤの商人シャイロックを演じた先輩の演技が真に迫っていて素晴らしく、「魅力的な悪役=これを演じた彼」にすっかり心を奪われてしまった私は、生まれて初めて自分の中に生まれた激しい感情に自分でも戸惑い、突然襲ってきた大津波のような感情が収まるまでは家に帰りたくないと思ったほどだった。一目惚れみたいなものかもしれない。
思えば 悪役の魅力を知ったのはこの時が最初だったと思う。
誰にでも好かれるヒーローを演じるよりも、もしかするとこんなふうに人の心を掴む悪役を演じる方がずっと難しいのではと思ってしまう。
むしろ誰にでも好かれるなんてこと自体がどこか嘘臭いし、エンターテインメントにおいてはヒーローが実は隠れサイコパスだったとか、何か暗い過去を抱えているといった時にやっとその役柄に奥行きが生まれ、私たちは強く惹きつけられる。
それは人間が誰しも闇と光の部分から成り立っているという事を日々どこかで感じ取りながら生きているからだろう。
だからそんな人間の本質を魅力的に表現できる俳優たちは本当に凄いと思うのである。

現実逃避なのか、逆に自分にとって本当の世界に戻るのかは知らないが、今夜も私はPCの蓋を開いて自分の中の最も暗い部屋へ通じる階段を降りて行き、お気に入りの悪役に会いに行くのを楽しみにしている。


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