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「時代を飲む」と「時代を着る」を結びつける

Vol.049
ヴィーノサローネは、「イタリアワインとファッションのであい」の実現を目指しています。これまでも、違う角度からnoteに書いたり、試飲会でその意味をお伝えしてきました。今回は、もう少し掘り下げてその内容を綴ります。
 
まず、「時代を飲む」とはなにか。
ワインでたとえる「時代」とは、真っ先にヴィンテージが浮かびます。たとえば、自分の誕生年と同じヴィンテージのワインが、もし称賛されるような評価を得ていたら、そのワインをよく知らなくても興味を抱くのではないでしょうか。自分の生まれた年とヴィンテージを重ね合わせ、ストーリーを紡ぎ出すような感覚です。
1997年に生まれたひとがいるとしましょう。その年のイタリアワイン、特にトスカーナ州産の赤ワインは、20世紀最後の極上ものと言われています。
 
あるいは、かつて流行したワインが、なにかのきっかけで再び注目されれば、当時とは異なる、新しい意味で「時代を飲む」ことになります。一方で、大人気だったワインが、すっかり飲まれなくなる、という逆のパターンもあります。
 
ワインの人気の変化を、あえて“ワインのパラダイムシフト”と呼ぶことにします。パラダイムシフトとは、もともと科学哲学の用語。ある時点まで専門家同士で共有されていた認識が、新たな実証によって古びてしまう。つまり、現在では使いものにならない、過去の認識ということです。
トスカーナ州産のワインでたとえると、こんな見方になるでしょう。

1970年代に“スーパータスカン”が誕生しました。トスカーナの土着品種サンジョヴェーゼを主たる原料とし、国際品種をブレンドした赤ワインが“スーパータスカン”と呼ばれました。
代表的な銘柄は「ティニャネッロ」や「サッシカイア」。正確にいえば「サッシカイア」は、フランスのボルドータイプのブレンドで、トスカーナの土着品種で造ったワインではありません。しかし、ティレニア海に面したトスカーナのボルゲリという地域が産地ということもあり、全世界に評価されたワイン。“スーパータスカン”すなわち「サッシカイア」と思っているひともかなり多いですね。
 
残念ながら現在、“スーパータスカン”のワインは、「なにか時代がずれている」と感じます。口当たりの軽いワインが人気のいま、どっしりとした味わいの“スーパータスカン”はあまり飲まれていません。だからといって、“スーパータスカン”のワインがなくなるわけではなく、いまも偉大なワインであることは変わりないのですが。
 
白ワインに好例があります。
フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州は、1960年代はじめまで、何種類ものブドウを混醸し、白濁としたワインを造っていました。しかし、国際的なマーケットに打って出るため、単一品種で高品質のワイン造りに着手します。その代表的な造り手が、マリオ・スキオペットさん。フランスでブドウ栽培を学び、ドイツで醸造法を習得し、香りの高い澄み切った白ワインを生み出しました。1965年に誕生した「スキオペット」というワインです。
このときをもって、イタリアワインの歴史では、「イタリア白ワインの近代化」と呼ばれるようになりました。
 
ところが、白ワインの「スキオペット」がイタリア白ワインの近代化を成し遂げた銘柄だということは、あまり知られていないのが現実です。当時は、それなりのプロモーションも展開したでしょうが、いまとなっては関心が薄くなっています。すると、いま「スキオペット」を選ぶことにどんな意味があるのでしょうか。ヴィーノサローネの考えは、たとえヴィンテージが2020年でも、「スキオペット」を飲む行為は、1965年や、もっと時間的に幅をとれば、1960年代に思いをはせることなのです。

かつてオーストリアであった
フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州で造られる「スキオペット」。
ワイナリーのオーナーであり、造り手の故マリオ・スキオペットさんは、
往時のリスペクトのため、黄色いエチケットを選んだ。
この黄色は、”ハプスブルク・イエロー”と呼ぶ特別な色合いです。


「時代を着る」を考えてみます。
イタリアにおいて、現在のようなファッション大国になるきっかけは、1950年代まで遡ります。フィレンツェの貴族が、アメリカの有力バイヤーに向けて、イタリアのエレガントなファッションを紹介したのがはじまりです。
1960年代に入ると、それまでの手仕事を中心につくられてきた服=ファッションが、機械化の導入で、工場生産に移り変わっていきます。これが、「イタリアファッションの近代化」です。
 
「スキオペット」のワインを思い出してください。イタリアファッションの近代化と時代が重なります。イタリアの代表的な生産物が国際的なマーケットに開かれた時代です。1960年代というくくりは、ワインもファッションもまさにエポックメイキングな年代なのです。
 
それでは、「時代を飲む」と「時代を着る」と結びつけます。
前述した「スキオペット」は、1965年が大事な年号です。一方、イタリアファッションも1960年代は大きな節目を迎えました。
「スキオペット」のワインを飲むときにイメージできるのは、1960年代の服であり、その背景にあるワイン造りや服づくりの大転換を結びつけることです。
 
1960年代の服は、そう簡単にそろわないと思いますが、手縫い仕事によるオーダーメイドの服であれば、当時の技術を受け継いだ服として、いまに生きています。
「スキオペット」の白ワインを飲むことは、たとえヴィンテージが2020年であっても、1960年代を想起する力を持っています。そのとき、仕立てのいいスーツを着てワインを楽しむ時間は、まさに「イタリアワインとファッションのであい」となるのです。
 
次回の“ディアリオ ヴィーノサローネ”に続きます。

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