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記念碑的資料。雑誌『ブルータス』”イタリアワインの教科書”

Vol.043
またまた、倉庫から古い雑誌を引っ張りだしてきました。『ブルータス』1998年3月15日号です。
昨年8月のnoteで『田中康夫のソムリエに訊け』を読み解きましたが、今回は、その続編といっていいでしょう。四半世紀以上前の雑誌を読み返しながら、現在のイタリアワインにつなげるものです。

真っ赤な表紙に、“イタリアワインの教科書。”とタイトルを飾る。
2行目の小見出しが、グッときます。
<モードに続き、イタリアはワインもフランスを超えたのか⁉>

そもそも特集のタイトルが、当時の世相をあらわしています。ちょっと教条的な“イタリアワインの教科書”ですからね。
当時、『ブルータス』は、史上最強のワイン特集! として立て続けにフランスワインの解説や蘊蓄に迫っていました。その第3弾で、イタリアワインに絞ったのです。ただ、雑誌の中身をよくみると、スペインワインも取り上げていましたけど……。

ページをめくると、ワインのトレンドは、ファッションと同じように変化が激しいことがよくわかります。より正確にいえば、トレンドはらせん状に進化します。というのも、『ブルータス』編集部が選別したイタリアのワインは、いまの価値観とは随分異なっている。いい換えれば、関心事となるワインのステイタスが現状とまったく違います。

昨年のnoteで、1990年代を振り返って、こんな一文を主は書きました。 
 <そのころ、レストランのテーブルで、赤ワインが入った大きなグラスをグルグルと回す輩が多く、かなり滑稽な風景だったことが思い出されます>

いまでは、このような光景はまずみませんね。たとえ、ワイングラスを回したとしても、それは飲みはじめにワインの香りをかぐための動作です。ワインの酸化をうながすために(通っぽくいえば、ワインを早く開かせるために)、四六時中グラスを回すわけではありません。それに、グラスは小さな形が主流のため、グラスを回したとしても、周囲からあまり目立ちません。

さて『ブルータス』の内容です。グルグルとワイングラスを回す光景を象徴するかように、たとえば、クルマでいえば、“ロールスロイス・クラス”の重厚なワインが、これでもか、と紹介されています。

イタリアワイン界の重鎮、サントリー・ミラノ事務所長を務めた、林茂さんが巻頭言を担当。
そこからして、イタリアワインに重みを与えていたような感じです。

ワインが好きな方は、きっといくつかの銘柄は記憶にあると思います。
『ティニャネッロ』。雑誌の本文中に『ティニャネロ』と書いてありますが、イタリア語を忠実に発音するなら、『ティニャネッロ』が正しいでしょう。のちに大ブームとなった“スーパータスカン”の元祖であり、ファーストヴィンテージは1971年でした。
ご存じ『サッシカイア』。世界的には、このワインが“スーパータスカン”ブームを牽引しました。
同じトスカーナ州から、『キャンティ・クラシコ』『ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ』。『ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノ』。おもいっきり、フルボディのワインです。
イタリア北部のワインでは、『バローロ』『バルバレスコ』。イタリアワインの王様・女王、といまも呼ばれています。重厚感はまさに“王様クラス”です。

こうしてみると、赤が中心で、強いタンニンが持ち味のずっしりとしたフルボディのワインばかり。白ワインは、数本しか紹介されていないのが、時代観を表しています。これらの赤ワインは、いまも生産されていますし、愛飲者も多い。主も大好きな名ワインです。しかし、いまでは、ファインダイニングでしかみられないような“パンチのある重量級”です。

紹介さいれているワインは、赤、赤、赤。
白ワインの名産地となる、フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州、
ヴェネト州、シチリア州のワインが載っていても……。

なぜ、そういった重厚な赤ワインばかりを『ブルータス』は注目していたのでしょうか。食中酒として楽しむワインは、供する料理とのマリアージュが大切です。そのころはまだ、重く、味の濃い郷土料理がメニューを飾っていたため、フルボディのワインとの相性がよかったのです。たとえば、“ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ”とタンニンが強い『キャンティ・クラシコ』とあわせるように。

2024年のいま、ヘルシー&ライトな料理が人気です。軽い飲み口のワインが求められ、ナチュールの白やオレンジワインに注目が集まっているのは、それが理由です。

1990年代後半から、2000年代、2010年代、そして現在の2020年代。イタリアワインのトレンドを簡単に図式化すれば、

赤のフルボディ→バリックの効いた白→ロゼ→ナチュール→オレンジ

といった流れになるでしょうか。
図式化したとはいえ、はっきりと傾向がわかれるのではなく、それぞれのワインが重なりあいながら、その時代を象徴するワインのテイストに移る、というのが図式の見方になります。

最後に、イタリアワインは本当に底堅い。散々、揶揄した『バローロ』も『ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ』も『キャンティ・クラシコ』も、いまも健在です。かつてのような重く濃厚な味わいから、軽い口当たりを意識して造るワイナリーも増えています。つまり、時代が反映されたワインは、常に試行錯誤を重ね進化した結果。これがイタリアワインの底堅さであり、造り手の飽くなき挑戦なのです。

次回の“ディアリオ ヴィーノサローネ”に続きます。
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