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情報哲学-労働問題

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 実際、コロナ禍の影響で、働く場を失い、国にも帰れない外国人労働者がいる。豚や果物を盗んで逮捕された不良外国人について報道されましたが、ぼくには起こるべくして、起こった事件と感じました。
 本来なら受け入れを拡大する前に、技能実習生の働き方や生活をサポートする体制や、悪徳ブローカーを取り締まる仕組みをつくるべきでした。しかし実際には、国はなんの対策も打たなかった。だから奴隷のような環境で働かされる技能実習生や、働き口をなくして犯罪に走らざるをえない人が出てしまっている。
 ――そうした技能実習生の状況に対して、世間の関心が薄いように感じます。
 それは技能実習生や外国人労働者の問題が、自分とは無縁だと考えているからです。かつて中間層と言われていた人たちは、いまだに自分たちは安泰だと思っている。不都合な現実を直視したくない気持ちはわかりますが、長引く不況に加え、コロナ禍で勤務する会社がいつまで持つかもわからない。現に「洋服の青山」が160店舗を閉店し、400人の希望退職者を募るとニュースになりました。
 ずっと会社に守られ、企業の看板を背負って仕事をしてきたサラリーマンが、社会に放り出されたとき、なにができるのか。
 近い将来、これまで技能実習生にまかせていたような仕事をせざるをえない人も出てくるはずです。日本の貧困は、そこまで行き着いてしまった。
 日本はもはや先進国ではない。まずは、その現実を直視するところから考えていかなければならないのではないでしょうか。〖小説家、経済ジャーナリスト 相場 英雄 聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川 徹〗

1 国家の危機

 日本の労働力の低下や人材不足等は、深刻な社会問題の一つであり、コロナによって、2020年~2021年の間に、水面下で既に何十年に亘って起き続けて来た労働問題が、次々と発覚している。
 しかし、それにも拘わらず、政府の対策は無いか一時しのぎで中身の無い形式的なものばかりで、多くの日本国民は、関心や危機感を抱いていない。

「私達には無関係なことである。」
「私達に出来ることは何一つ無い。」
「自分の生活だけで精一杯である。」

 上記の言葉は、私達が社会問題、そして自分自身の問題から逃げる言い訳の言葉であり、なおかつ、現実的で切実な苦悩と「事実」を象徴する言葉である。
 しかし、この三つの言い訳は、私達に目先の安全や安定を齎す一方で、遠い将来にて、危難や動乱へと確実に突き落とすのである。

 大衆の無関心や利己心が、義理人情を廃れさせては、悪事を横行させて、国家の滅亡の内因を激増させるのである。
 大衆の責任回避や責任転嫁が、挑戦や改革を阻止しては、現状維持を継続させて、国家の再興の可能性を潰すのである。
 大衆の無計画や日和見な生き方が、個性や主体性を殺しては、自分達の考え方や生き方を依存や他力本願ばかりにして、国家の滅亡の外因を激増させるのである。

 このように、上記の三つの言い訳によって、日本は、斜陽の大国として、退廃や敗北の道を確実に辿っている。それが日本の実態である。
 また、多くの「先輩」と言われる人々が、将来のことについて聞かれると、「その時に生きているのかな?」や「病死や事故、自殺で死んでいるかもね(笑)」という返答をし、多くの「後輩」と言われる人が、将来のことについて聞かれると、「分かんないし、考えたことも無い(笑)」や「まあ、なんとかなるっしょ(笑)」という返答をするような国は、総じて、発展や進歩しない。

 だからこそ、私達は、以下の「事実」をも知って、考え方や生き方・働き方を以て、人間関係や時間・場所等を変えていくべきであろう。

「たとえ本当に自分にとって無関係なことでも、いずれは必ずや関係してくることがあると学び知ること。」
「たとえ今は本当にお金・時間・心に余裕が無くて、自分に出来ることがなくても、いずれは必ずや自分に出来ることがあるように工夫すること。」
「たとえ今は本当に自分の生活だけで精一杯だとしても、必ずや余裕を作れる機会が到来するように努力すること。」

2 私個人の努力

 国家規模で見れば、私達が出来ることは、米粒のようなものである。しかし、自分自身を確りと見詰めては、観念を変えて、決意すれば、出来ることは大山や大海のように存在するのだ。
 以下は、ベトナムの誠実な愛国心と実践的な精神論の一例となるものである。自分は、これらを決意して決行する。

⑴皆さんは、まず第一に、困難に耐えて、楽しみを享受することを、一番最後にしなければなりません。
⑵いかに困難なことであっても、やらなければならないことは、何事でも、成功を以てそれをやり遂げるように決意するのです。
⑶国家と人民のためになる仕事を行うには、熱意を以てこれに当たるのです。名誉・栄光・財産を目当てにしてはなりません。
⑷人民と交流して、仕事を遂行する時には、利己心を捨てて、公共の精神を持つのです。
⑸勤勉・節約・誠実等、あらゆる面で、模範となるように決意するのです。
⑹うぬぼれたり、自己満足に陥ったりしてはいけません。言葉を少なくし、行動を多くすること、このように心掛けるのです。[そして、]他の人々と仲良くして、団結するのです。
(中略)
 全ての物事は、実際的でなければなりません。他人にやってもらおうと頼むことは、皆さんがやっても出来ることでなければなりません。
 何事においても、皆さんは小さなことから、次第に大きなことへと、易しいことから、次第に難しいことへと、水準の低いことから、次第に高いことへと、進まなければなりません。成功裡には実行できる一つの小さな企画は、実行できない数百の大きな企画よりも価値があります。
 これは、皆さんに心から話したいと思っている、一人の経験を積んだ友人の一つの体験です。皆さんが大きな努力を払って、成功を勝ち得られるように、期待します。
友好と勝利への決意の挨拶を込めて
〖一九四七年八月十七日(ベトナム八月革命の記念日):ホー・チ・ミンによる『若い友達』への助言〗

3 余談

 私は昨晩、夜の九時から就寝したが、それから、様々な苦悩をはじめ、深い悲しみや虚しさ、激しい怒りや憎しみ、そして惨めで非力な『自分自身』(現実)と「自分達四人」(夢)の過去が次々と見詰め直すこととなった。
 『自分』の家族や親戚の本性、青春時代や大学時代の無縁、外国人人材育成業界の実態、同胞である社会的な地位や経済的な余裕があるベトナム人達の偽善的な楽観主義と無神経で利己的な事なかれ主義、そして何よりも、自分自身が、経済的にも社会的にも活躍はおろか、自立すらも完全に出来ていないこと、自分が、まだまだ「至誠」からは遥か遠い生き方や志の持ち主であること。
 「自分」は、かつて、主君である信陵君から救命され、死刑囚の身分から門客の一人となり、盟友も家族も、仲間も隣人も得られて、更生でき、幸せな人生を送ることが出来た。なのに、大恩のある主君の命を救うことは出来なかった。
 「自分」は、かつて、二つのベトナム戦争で祖国に貢献し、戦死した戦友の夢を受け継いで、余生は共産党に入党した。なのに、結局、私がしたことと言えば、実質的に人民の搾取に加担したに過ぎない加害者であった。
 「自分」は、かつて、正義を求めて、ベトナムとカンボジアの戦争に参戦した。なのに、結局、私がしたことと言えば、クメールルージュがベトナム人にしたことと同じようなことした戦争犯罪者であった。
 「自分」は、かつて、犯罪者であったが、仲間達や同志達の厚い人情や堅い義理によって人生を救われ、義賊や侠客のような裏社会の人間として、毎日毎時、計り知れない程の多大なストレスやリスクに、生死に関わる程の苦難や危険に遭いながらも、幸せな人生を送っていた。しかし、仲間達や同志達を守り切れなかった失敗者であった。
 こうして、結局皮肉なことに、起きる予定だった時刻の朝五時に眠りに付き、その後、朝十時半に起きた。そして今日の午後、自分は一時間半散歩して買い物しながら、思い続け、考え続け、問い続けた。嘘や偽りだらけの国家と社会、そして、自分と自分達・・・込み上げて来る悩みも願いも、怒りも悲しみも、結局は、自分のために過ぎず、誰のためにならない。たとえ、誰かのためになっても、それは風のように、儚くて不確かなものである。そんな現実に、無意識の内に、怒りと悲しみで、歯を食い縛り、拳を強く握り締め、涙を流していた。
 帰宅して、怒りを鎮めて喰い縛っていた歯や握り締めていた拳を解き、悲しみを和らげて涙を拭い、冷静になってから、本を取り出して、上記のホーチミン伯父さんの助言を、心して味読した。
 そして、自分は再び気を取り直して、嘘や偽りから始まったこの気持ちが、必ずや、正直や誠実になり、そして、現実になる日が訪れるように、日々、奮励努力していく決意をした。
 そして、今や、死者となったホーチミン伯父さんが遺した「期待します。」という御言葉に対して、生者であるこの自分と自分達四人は、次の言葉を返した、「ご期待に添えるよう、私達五人は、日々精進して参ります。」と。
 これが、自分個人の「温故知新」である。
 「『誠』は天の道である。これを「誠」にするのが、人の道である。」(中庸)と言われているが、力の限り、無情で残酷な大自然の摂理を学び知って、義理人情に満ち溢れた幸福な人生および国家を実現する。

4 参考文献


ありがとうございます。心より感謝を申し上げます。