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『西洋人との結婚に関する産業的状況』②(作者:ヴー・チョン・フン、1930年代ベトナムのルポルタージュ)

第二章 妻、側室らを非難すること

 その男とは知り合いになったばかりなのではある。だが、すっかり昔からの友人になってしまい、ドゥブル・マグナム を二本半開けた時には、彼は非常に多くのことを語ってくれていた。酒は血を温める。温まった血は人に愛情を考えさせる。ただし愛情はいつも人を必ず苦しめる。目の前でオピウム台に寝そべっているこの男は、私と何も変わらない凡人のような所作をしていたが、れっきとしたケレンスキー政府の〈英雄〉であった。男はかなり高齢だった。彼の叫ぶところ、ちょうどフランス共和国の政体のような個々の自由を重要視した制度を熱望していたため、祖国を捨ててパリに移ったという。そこでディミトップは、とある大きなホテルの料理人をしていたが、クテポフ元帥の誘拐された事件に触発されて、外国籍軍の兵士に志願したらしい。ただ今日においては・・・何ということか! ディミトップは外国籍軍の兵士であるかもしれないが、仕事も終わればよっぽど・・・阿片中毒者にすぎないじゃないか。
「バックキー に移ってきたのは、これで二回目ですね。どちらも二年半になるから、五年はいるのかな。五年にして、初めて新聞社の特派員にあったなあ。今回が初めてです。よし、どうして私のような一人の男が人生の内に十四人もの女性を妻にすることになったのか、記者さんが理解するまで、しっかりと語りましょう。しかし、バックキーの女のときたら、まったく! ドヴィニーというフランス人将校が言っていたことを引き合いに出せば、『十二度汚れたか弱き乙女』と呼ぶのがピッタリだ! すみませんね、記者さんの国の女性を悪くいってしまった、怒ってるんじゃありませんか? ですけどね、記者さんなら事実を知るのが常というものでしょう。まあ、不快に思われたなら、謝ります!」
「いえ、いえ! そんな謝ることなんて何も」
 そんなことを言って〈謙遜〉しながらも、内心では非常に気分が良かった。何がそう思わせるのか? 英雄様が女性に対して汚い口利きをするのに、私の許可を請わねばならないのが面白いのだろうか? 新聞社の特派員というのはいい身分だ。まるでこの目の前の記者にもピエール・シーズ とかルイス・ルーボー のような威厳があるものだと、ディミトップは思い込んでいる!
 それにこの男に私のことを紹介しようとよくわからない西洋語をペラペラとしゃべる店の女主人の様子をひたすらに待ち続けたし、またフォーを御馳走してやったのだ。その甲斐もあって、そりゃあ、彼の話を聞き出せないわけがない! 
 隠されてきたことが明かされる時が来たのである。〈厩〉の裏手にある木小屋は偶然、その屋根の下で、武将の語る秘密とロシアにさえ残していかなかった英雄の所業を覆い隠す場となった。
 外は依然雨である。すでに一週間も雨が続いている。
 戸の擦れる音がした。仲買人が阿片を買って戻ってきたのである。私たちは座りなおして、その人が阿片を準備して横になれるだけの場所を空けた 。
 占星術の本の中には〈正妻と内縁の妻の星位:無駄な嫉妬や不満を多く抱える〉とある。まさしく彼はその星の下にある。その男は誇らしげに十四人の妻について全て語ってくれたが、そのうちバックキーの女は九人だけであった。
「今となっては、もうこれ以上妻を持ちたいとは決して思いません。私は自発的に自らの心臓をナイフで刺したのです。心は痛みに耐えてくれた。十四回もの痛みを! 十四人の女たちは皆、私のことを騙した。あらゆる女が、あらゆる手段で。例えば、こんなことが・・・」
「ここの女性、九人から裏切られたことを話していただけると」
「一人目の女は年増の醜い女でした。太っていてまるで美しくない。私と結婚する前に、彼女は既に結婚したことがあったのかな思います、いくらか結婚生活というものを知っていたように思いましたね。なんせ、その西洋式の真っ白な歯と二重顎が以外にも、彼女は結婚生活の中における身の振り方についてよく精通していたのですから、つまりどうすればいかに私を喜ばせられるのかを、そして苦しめられるかをよく知っていました。心尽くして奉仕してくれること、それが幸せでした。しかし、私の目の前で他の野郎たちとあいつが寝ていたことを思い出すとね、どうしても心苦しい」
 ここまで話すと一旦、ディミトップは煙管を味わうことで喜びを反芻しようとした。こういう時、煙管は一番に〈素晴らしい〉仕事をする。苦痛は和らげられたのか・・・、彼は吸い終わると、再び起き上がって言った。
「それで、とにかく、先に進めますと、私は決して幸せ者なんかではなかった。私は、私は勇気のある人物だったと思う。六十キログラムを体に身に着け、毎日三十キロメートルという距離をものともしない兵士でした。でも、私はあいつに愛や恩恵の言葉を言わせるだけの器量がなかったのです。いつも私たちは口論ばかりをしていました。あいつが私にぶつけるのは嫉妬による忌々しさで、私があいつにぶつけるのは淫らな振る舞い対する忌々しさでした。ある日、いつも通り机の上には葡萄酒の準備が整えてあって、それはあいつが用意してくれた本国の葡萄酒でした。ちょうど、ついさっき一緒に飲もうじゃないかと言ったところだったんです。もし私が尋ねれば、あいつは高い葡萄酒には栄養が無いだとか、本国の葡萄酒は安いけど、とても強い味がして良いとか言ったんでしょうね。それで・・・私は二本とも飲んだわけです。その後どうなったのか、記者さん、わかりますか? いや、分からないでしょう、私もわからなかったんですから! 事態がわかったのはそれから数時間が経った後のことでした、憲兵の奴らが私を逮捕して駅の街路の方に連れ出し、そして兵舎にぶち込んだのです。次の日、酔いから冷めた私はそこで、自分が駅前の自転車屋を破壊してしまったことを調書から知ったのです。また、一人女性が私に殴られて額から血を流したということも。十五日間の投獄で、生活の糧を失いました。刑期も終えて、釈放された時には、妻は他の男と結婚していたのです! さらにその男がなんと、今でもはっきりと覚えています、まさしく私を捕まえた憲兵らの一人だったんだ! もしかしたら、あいつらは共謀していて私を酔わせたんじゃないか? 煩悶としました、妻を訴えてやりたかった。私は兄弟たちに尋ねに行きましたよ。しかし、何ということか! 彼らは私をただ見るなり、笑って済ませろと慰めるんです。その時、私はまだここに移ったばかりでしたから、風習を理解していませんでした。風習が美徳であるのは事実、しかしどうしてこうも奇妙なのでしょうか? ここじゃあ、夫婦の間の義理や人情というものは全く持って金次第ではないですか。私は投獄されている間、あいつに給与を渡してやれなくなった途端、ここは西洋じゃあるまいに、法廷が離婚を夫婦に命じ渡すのです! これは法律上の問題を話しているんじゃなくて、人間の文化慣習の問題ですよ! 妻の方が私を捨てたのに、私は妻を責めることさえも許されない! 記者さん、考えてみてくださいよ。人が一緒に生活していくことって、そんなものでいいですかね? 人々の心持ちっていうのは、そんなにも金次第で弱り切ってしまうものなんでしょうか?」
 私を挑発でもしたいのだろうか。ディミトップはしゃべりながら、脅すように激しく自分の胸をドコドコと打っている。
 息巻いてチューブを取り寝転がる必要もない。だがそれにしても不憫だろう。仲買人は阿片を注入し終わっても、一向にチューブに口を付けられないでいる。
 生憎、ディミトップの方は赤痢で苦しんでいるので、中々おこぼれにはありつけない!

 ディミトップは話を続けた。
「二番目の女性については何の変哲もないし、全く三番目の女性についてもそうでした。私が二人を捨てた理由は西洋語を理解しなかったからです。それにあの二人は、どちらも酷く醜い顔をしていました。父なる神は残酷なことをされる! 醜くさらに愚かだなんて。実に馬鹿な話になるんですがね。そいつらに帽子を磨いておけと言えば、急いで靴を磨き始めるし、煙管用のタバコの葉を買ってこいと言えば、シガレットを二十本も買ってくる有様! 私には通訳の一人を雇うだけの金もあるわけがありませんし、彼女らの顔の醜さは見ているだけで痛々しくなるほど!私たち兵士というのは一週間に三日間しか兵舎の中で寝泊まりする許可が与えられていませんから、そのせいで私は家に帰れば、寝台の上であの妻の顔を見ながら寝る羽目に・・・」
 ディミトップは肩をすくめると、それ以上何も言わない。私は私見を述べた。
「しかしですよ、醜くても妻にしたということ、愛する心があったからでしょう。それにあまりに美しい妻というのも、私は危ないんじゃないかなと思いますけどね」
 この男は熟慮してくれたようだが、私には西洋人というものがどのような思考回路をしているのか理解しかねる・・・。
「つまり記者さんの結論は、醜い妻を持てば幸せということですか?」
「どうでしょう。しかしその人が大変気難しい人なら、いつも幸せとは言えないでしょうね!」
「面白い意見ですが、記者さんはとても逆説的なことを言われる。美しい妻でいて、なおかつ自分のことを決して裏切りつことはないと信頼することのできる妻がいれば、どれほど幸せなことでしょうね! そりゃあ、人は目を閉じる時に側にいる女性に美貌が備わっていなかったら、少なくともこの女性は私のことを愛してくれているし、他の男と寝るような事態を考える必要もないと妥協して、自分を慰めることが出来るんでしょうよ。自分はそれで幸せなんだと言い聞かせる。自分はそれで心落ち着けて目を閉じれば十分だと信じ込ませる。しかし、また目を開けて見てみれば、絶望するわけですよ! そして私はまた他の哲学を抱く。考えてしまうわけです、むしろ・・・」
「むしろ・・・?」
「むしろ、美しい妻に不倫してもらっているほうがいい!」
 そう言い終わると、ディミトップは口角を上げて笑って見せた! 六本目の阿片も彼が吸った。阿片は九本目にしてようやく、横たわって阿片を注入してくれていた男のものとなった。雨はまだ降り続いていた。また強く風までも吹き始めた。
「四番目については・・・」
「あー、四番目ね! ただその女も捨ててしまいましたけど、後悔しています。彼女がフランス語を話せないことについては諦めていましたが、それでも私は彼女を愛していた。私たちは相性が良かった。でも精神的な話ではなくてですね、それに話す言葉が違ったのに、どうして本当に互いのことがわかるもんですかね・・・? けど、相性が良かったとのいうのは・・・肉体の話。捨ててしまったけれども、今じゃ後悔していますよ。あれだけ欲情の炎をかきたててくれる肉体をもった女は二人として見つけることは不可能でしょうね。さらっと宗教の方に行ってしまいましたけど」
 この男は卓越した批判的思考の持ち主か、はたまた、ただの馬鹿か。
 阿片も底をつき、十分に酔ったのだろう、ディミトップはまどろみ横たわっている。阿片係も竹台の方に移って寝ていたので、私たちは快適にその場を占領できた。

「記者さん、五番目の妻に関しては聞かないでいただきたいのですが?」
「どうしてですか?」
「その人のことを思い出すと、辛いんです」
「それじゃあ、六番目以降の人について話していただければ」
「私には語らないといけない人が多いもんですね。あの子たちも、別に普通の子たちでしたよ。みんな駄目になりましたけどね。私は、誰かさんじゃあるまいし、下着を替えるように妻をとっかえひっかえするような人間じゃないんですよ。それに、六人目以降は私が兵役のためにバックキーへ二度目に来た時に結婚した娘たちでしたから、何が起こっても、特に怒るようなことはもうありませんでしたね。私はもう知っていましたから。彼女らは皆、金のために生きていると。私は彼女たちを愛しましたけど、どうせ男たちには理解なんてできやしないんですよ。二度目のバックキーでは、結局、誰を妻にしようと、長期で若い女中さんたちを雇っていたようなもんだったんですよ。こんなにも夫婦生活がうまくいかないもんだなんて、思ってもいませんでした。六人目の娘は、ある晩に思いがけず兵舎から帰ってみれば、その姿を消していて、それでやむなく離婚しました。七人目はベトナム人の愛人と共にどこか遊びに出たままです。はめられたということですね。八人目には、私に大金が払えないとわかると一変して、一方的に捨てられてしまいました。彼女の浪費癖はとても酷いものでしたね。毎月十八ドン、おかげで資産を使い果たしました。一方九人目は打って変わって、田舎育ちの非常に聡明な娘でしたよ! 美しくてね、彼女にはまた懲りずに結婚したいなと思わされてしまいました。彼女とは二か月間を共に生活をしましたが、ある日家に戻ると、そこで田舎者の男と鉢合わせたんです。彼女が言うには、自分の兄だと・・・、後日、当然ですが、戸籍を警察署から取り寄せました。そうすれば、警察たちがこの男はあなたの妻の兄に当たる人物だと証明してくれると思いました。しかし、その紙は〈他人〉の妻の興味を引こうとするな、と私に告げたわけです。もし、諦めなければ、警察からはまた違った常識的な判断をいただけたでしょうね」
 兵舎の方から招集をかけるトランペットの音が鳴り響いた。
 ディミトップは体を起こし、ボタンを留め始めた。それも半分くらいまで留めると、靴を履いて出かけてしまった。彼は出かけざまに私の手を取って、また明日も来ると約束した。
 彼がその場を離れようというその時、我々は女性の声を聞いた。
「Dimitop! Ván s…」
 だが男はそのまま駆け出していった。
 私は阿片のトレイを持った仲買人へ尋ねるように視線を向けたが、彼は落ち込んだ様子で頭を横に振るばかりである。外国籍軍の兵士の込み入った色好みな話を書いてきたが、どうも、そのほとんどのところを理解できないでいる。

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