アリとキリギリス〜命の終わり編〜
どうも、ガスが止められたので水シャワーで我慢してお湯のありがたみを久々感じた快晴です。
今日はイソップ童話の『アリとキリギリス』のちょっと違うバージョンの『アリとキリギリス〜命の終わり編』についてです。(僕が勝手に作りました)
まず『アリとキリギリス』のあらすじをざっくり話すと、
夏にキリギリスはバイオリンを弾いたり、歌ったりして楽しく過ごしていました。一方で、アリは冬のために食料を一生懸命に集めていました。
キリギリスは「食料は集めなくてもたくさんあるし、楽しく歌って過ごせばいいのに」とアリをからかっていました。
そして、冬になるとキリギリスは食料がないことに困り、夏に食料集めしていたアリの家を訪ねました。
キリギリスが「食料を分けて欲しい」とアリの家を訪ねると、アリは「夏は歌って過ごしたのだから、冬は踊って過ごせばいいんじゃない?」と言い扉を閉めて追い返しました。
そして、そのままアリの家の前でキリギリスは死んでしまいました。
まぁ、こんな感じのお話です。
この話だと、”将来のために今を犠牲にしているアリ”と”将来を気にせず今を楽しんでいるキリギリス”が比較され、最終的に生き延びれたアリの生き方が「良い生き方」っぽい感じで書かれています。
これに少し条件が変われば、見方も変わってくると思ったので、新しいバージョンを考えてみました。
夏の間はキリギリスは遊び、アリは働いているというところまでは同じで、
冬になる直前で大きな自然災害が起きて、どちらも死んでしまった。
というバージョンです。
この話だと、”毎日辛い思いだけをして死んだアリ”と”毎日楽しいことだけをして死んだキリギリス”が比較され、人生を楽しんだキリギリスの生き方が「良い生き方」っぽい感じになります。
生きているうちは、「良い生き方」というものはわからなくて、死んで人生を振り返った際に「良い生き方」だったのか、わかるのではないかなと思います。
でも別に「良い生き方」という正解のようなものはないので、「良い生き方」なのかどうかは自分自身が決めることになると思います。結局は自分が決めることなので、いろんな生き方を知った上で、自分がどういう生き方をしたいのか選ぶのが良いのかなと思います。
今回新しいバージョンを考えてみたのは、自分の命が運命を握っているなと思ったからです。いつ死ぬかはわからないので、自分の物語がどこで終わるかもわかりません。命の終わりによって、意味も少し変わってくるなと思いました。
追伸
『アリとキリギリス』には、あと2つ結末があるみたいです。
1つ目は、
キリギリスが「食料を分けて欲しい」とアリの家を訪ねると、アリは「どうぞ食べてください。その代わり、キリギリスさんのバイオリンを聞かせてください」と迎えいれました。そして、次の夏からキリギリスは一生懸命に働くようになりました。
2つ目は、
キリギリスが「食料を分けて欲しい」とアリの家を訪ねると、アリは「夏は歌って過ごしたのだから、冬は踊って過ごせばいいんじゃない?」と言うと、「もう歌うべき歌は全て歌った。君は僕の亡骸を食べて生き延びればいいよ」とキリギリスは言って死んでいきました。
あなたはどの結末が好きですか?