『氷柱の声』くどうれいん
こんにちは、ひやまです。
先日読んだ本の話をします。
岩手の作家、くどうれいんさんの『氷柱の声』です。
もともとくどうさんについて、岩手、特に私の住んでいる盛岡の作家・歌人であるということは知っていたのですが、2023年に紫波町図書館で行われたトークイベントで実際に拝見して驚きました。私よりずっと年下の方なのに、ご自分の性格やそれによって起こる事象(感情の起伏とか創作にかける意欲)、そして世間の仕組みや人間関係についてつぶさに言語化して表現しており、その姿には一切の迷いがなく、どれだけ日ごろから物事を表現するということに情熱を注がれているのかと。
そのときはサイン会もあり当時最新の著作だった『桃を煮るひと』を購入したのですが、それからしばらくして、本作『氷柱の声』がくどうさんの初の小説であり、どうも震災を扱った話らしいというので、いつか読んでみたいと思っていたのでした。
それが先日訪れた高円寺の「蟹ブックス」にて、本作を発見しこれは好機とばかりに購入し、その日のうちに読了。読めてよかったというのが率直な感想でした。
本作は100ページちょっとの連作短編小説。一つ目の短編では、絵を描くことに情熱を注いでいた女子高生の主人公が、震災に直面し(このシーンはダイジェストで描かれているのですが、ひとつひとつが当時を思い出してしまい、知らぬ間に私は泣いていました)、そこから復興への世間の動きの中で、どんなに技巧を凝らした自分の絵よりも震災のストーリーを背負った他人の絵にコンクールで負けてしまいます。そのことへの葛藤。
次の話では、数年後大学生になった主人公が出会った人が、実は震災をきっかけにトラウマを抱えていて…という展開。
主人公自身が当時のことにもやもやしつつも直接的な被害はなく、その後出会う人たちは直接被災したり、家族を失ったりしている中でも、それを見せないような現実との向き合い方をしていることに気づいたとき、ハッとさせられる。そんな繰り返しの中で、最後に主人公はどこにたどり着くのでしょうか。
読み口は軽く、2,3時間あれば読み終えてしまいますが、その中で自分は何度も涙が込み上げてきました。小説と銘打っているのでフィクションではあるのですが、中には明らかに現実にこれを書いている人がいたんだ、という文章がありました。そこを読むのがつらくて、つらくて、でもこの話を読み終えなければいけない、そういう気持ちで最後まで読みました。
「物語は最初と最後を比較して主人公が成長していなければいけない」とは言われますが、この主人公は何かが変われたのでしょうか。レビューサイトを見ると「主人公に何も成長がなくダメ」と書かれているものもあったのですが、私は主人公の心情がちゃんと変化したと解釈していて、かといって明確に圧倒的成長というわけでもなく、人間くさいのがよいなと思いました。
それはたとえ同じ結果だとしても、気持ちが違うというだけで全然変わるよね、というのが私の信条だからなのですが。
この主人公の女性はほぼくどうれいんさん本人だなというのは読んでいくうちになんとなくわかっていて、くどうさんも「自分がほとんど被害が無かった中、震災について書くのをためらっていた」というように、この物語を書くことでどういうところにたどり着いたのかなという興味がありました。くどうさんが本作のためにインタビューしたという被災された方々の声、そういうものがところどころに(もちろん小説用にアレンジされてはいたのですが)散りばめられていて、これはくどうさんの目を通した人々のドキュメンタリーの側面も持っているなと思います。アレンジされていればそれは嘘ではあるのですが、一方で「これと同じような思いをした人たちが実際にいたのだろうな」と一般化することは出来ていると思います。50年後、100年後にそういった人たちがいなくなったとしても、この本に刻まれた苦みは、ずっと残っていくのだろうなと。
震災という同じ時点からスタートして、それぞれに短く長く・細く太く育ったそれぞれの氷柱。そこから零れ落ちる水滴が心に染み込む物語だなと思いました。
この本を通して気づいたことがあって、それは「自分が思った以上に震災をつらく受け止めていること」でした。私も今作の主人公のように、当時盛岡におり、水道や電気やガスは止まったものの数日で復旧したし、親戚にも幸いにして被害はありませんでした。ただ、あのときテレビに映った津波の映像、夜ラジオで聞いた声、それが今でも心に爪痕を残していて、この本の文字を追いかけるごとにそれらが思い出されて泣いていたのでした。
当時の私は体調が悪く、大学を休学して実家に戻っていたため、自分や家族のことで手一杯で何もできませんでした。しばらくして大学に戻っても、周りの学生が災害ボランティアで助け合おうと呼びかける中、何もできませんでした。ですが、いまそこそこ元気になり、社会人として生きている中で、あのときのことが少しでも自分に影響を与えていたかと振り返ると、実は思った以上に大きく受けていて驚きます。ときどき、こうして立ち止まって振り返ることで、過去を過去として終わらせるのではなくそれが現在まで続いているのだと思い出すこと。そういう意味で、この本を読んだ経験は大きかったです。自分も震災で大きく人生が変わった一人なのだと。
私の中では面白い本だったのですが、それはところどころで自分の中の震災体験を思い出し重ねていたからで、多分読む人によって評価が変わるであろうことはご承知いただきたいです。ご興味あればぜひ手に取ってみてください。
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