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おしっこ係


前回職員健康診断の話をしたが、
その続編である。

数ヶ月後、
再びまた健康診断の季節はやってきた

当時、私は地域の中枢を担う二次救急の総合病院の看護師として勤めていた。
職員数もゆうに1000人を超える。


私は前回の反省から、
ゆとりを持ち、前もって健康診断を受けていた。
今年度より、健診車は廃止され、
院内での職員健康診断をすることに
取り決めは代わり、
職員は普段の仕事と、
健診業務に従事していた。


その日、私は感染委員会と、
看護研究の論文集めのため、
休日出勤をしていた。


院内は、いつもに増して忙しそうだ。
休日出勤と言っても、
参考論文はあっけなく見つかり、
委員会もスムーズに終わった。
帰るだけだ。

私は誰にも見つからないように
よく小躍りをしている。
ビートを刻みながら、図書室の扉をあける。

「eri」


ぎゃっ!!

と、言って、私は、バンザイした。

ぬぼっとした、
検査科の伊藤主任が立っていたのである。

ビートを刻んでた頃が懐かしい。
私の心臓はバクバクとさせ、
アドレナリンが全身を走り抜けたことを感じた。

「お疲れ様です…なんすか…」

「見えたから、きた」

はぁ。

「ちょっときて」
私は伊藤主任についていく。
嫌な予感しかしない。
「はい、これ」

感染用のビニルエプロンと、
ゴーグル、グローブを手渡される。


私は、戸惑いながら、手を出す。
悲しき、断れない性格よ。
私は目の前の光景にブラックアウト寸前だった。
検査室前の廊下前には、
検尿カップがずらりと並んでいた。

色とりどりのおしっこだ。

黄色と一口に言っても、
赤みのあるおしっこ
黄色味が強いおしっこ
橙を基調としたものや
砂地の様な色のおしっこもある。

圧巻だ。
おしっこ展覧会だ。

「我々はパンクしている。大量のおしっこを捌ききれない。頼む、eriが必要なんだ」

死んだ顔をしている。
どうやら、外来患者のおしっこと、
職員のおしっこで
溢れかえってしまっていたのだ。

せめて、外来患者と、職員のおしっこを分けて、ひたすらに並べる人間がほしいという理由で、私はchoiceされた様だった。

私は、うなづいた。
伊藤主任には、日頃からお世話になっている。
いつだって検査室に走り込んで、
「早く結果だせー!」
と、催促しかしない我々を優しく包み込み、
迅速に検査結果をくれるのだ。
最後にお礼を言ったのはいつだろう。
検査結果という、
お便りを私たちはどれだけ無下にしてきたのだろう。

私は、おしっこ係になった。

それよりも、気になるのが、
紙コップの形と、量だ。

検尿は約25mℓほど
カップに収まっていれば事足りる。

職員の検尿カップを眺めてみる。
並々のリアルゴールドもある。
チラリと名前を見ると、ゴルゴ13風の風貌と、アタッシュケースを持ち歩く、
眼科の竹田医師のものもある。
あいつめ、普段細かいくせに溢れるくらい尿を入れてくるタイプだっか、チッ。

私は淡々と捌き始めた。
「おしっこたりますか?」
と聞いてくる、患者様の不安そうな顔に、
「十分ですよ、お預かりしますね、
検査結果が出るまで、
自販機に無料の白湯がありますので、
お飲みになってお待ちください」
と声をかける。
ほっとしたお顔に笑顔を向け、
私は外来患者様スペースにおしっこを置く。


慢性期病棟の横柄を体現した管理職ナースがツカツカやってきた。ブチギレている。

「はい」
と乱暴に検尿カップを握らせてくる。
中身を確認すると、
数滴のおしっこしか入っていない。

てんとう虫かよ

と私は呟いた。
流石に足りない。

「25は欲しいです、
改めて持ってきてもらえませんか?」

「たりるでしょ」
ぶっきらぼうに言い放ち、
ツカツカと消えていく。
理不尽だ。

こんなんじゃ足りないに決まってる。
知ってるだろう?
この量を検査科の人たちは捌くのだ。
尿が足りないと連絡するのも、二度手間だ。

「足りませんよ!これ、受け取れないです!」
私は叫んだ。

無視された。
ポツーンと私は取り残された。

その時、私は小学校の頃の牛乳係だった頃を思い出した。


子供の頃、牛乳係に属していた。
 学校給食では、
私が子供時代、
毎日200mlのパック牛乳が提供されていた。

 どの時代にも一定数、牛乳嫌いと、アレルギーの子供は存在するもので、
「給食を残さない」ことを美学としていた当時の学校は、飲めない子供に対しても、必ず口に含む努力をするように指導していた。

 残された牛乳は、
銀色のバケツに一つにまとめ、
校庭の隅まで捨てに行く。

何故だか、理由はわからない。
 牛乳を捨てに行くまでの道のりは長い。
 各クラスを周り、
総量6ℓにもなる牛乳を、何度も階段を往復しながら、外にまで運ぶ。

さらには、校庭の隅の隅、200mほど進み、通称”ミルクマウンテン”の麓に流していく。
ミルクマウンテンの5m程水平移動すると、自然を守ろうビオトープ!とかかれた看板と、
 人工的な自然風の水辺が設置されている。世の中の矛盾を感じ始める、9歳の夏。

 世の中の醜さと、不条理と、教職員のエゴの存在を植え付けるには十分すぎる出来事だった。

外来患者の検尿カップは、握りしめた様な、少しふやけたカップが並んでいる。

一生懸命、採尿した跡が哀愁を醸し出している。

職員健康診断なんて無くしてしまえ。
ビオトープの近くで、てんとう虫が無邪気に飛び回る姿を想像しながら、
私は大量のおしっこの前で憂いている。

この作業に、
一円たりとも私にはメリットは、ない。
おしっこ係と、牛乳係。
点と点がつながり、
一つの緩やかな線が見えた。
再び、頭の中に、私はビートを刻み出す。

踊り出すのも時間の問題だ。



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