
Iceberg
私の美しい庭には、白と、ふんわりとした暖色を身につける、icebergが、控えめに咲いている。
剪定や、肥料を与える2月。春のために肥やす土。強い風になびきながら、一層の気品と柔らかさを表現する様は、凛とした、という言葉がよく似合う。目的は、足元に聳え立つミントの葉だったけれど、しばし薔薇の香りに目を閉じる。
子育てにも似た庭づくりは、手がかかれば、かかるほどに愛おしい。
必要な水、必要な肥料、相性の良い草花。大切な薔薇を守るために、足元に、ミントの装備をつけて、お酢や、ニンニクの手作りスプレーでまめに、シャワーする。
あくまで自己本意になることはなくて、それらの行為は、彼女たちという三人称に宛てたもので、自律を妨げない工夫は、誰にも見えなくて、私とそんな、彼女たちという薔薇の花びらとの小さな小さな秘密の生業だ。
オーガニックな過干渉は、彼女たちは求めていないことを知っているし、自分の成長を邪魔することを嫌うことも、私はよく知っている。
花名「アイスバーグ」は氷山という意味を持ち合わせていて、別名「シュネービッチェン」。
白雪姫とも呼ばれている。
冬の空気は柔らかい紫と薄い青色が混じる露草色だ。そんな季節にicebergの花びらは、おとぎばなしの世界に存在する、聡明な彼女の名前にぴったりだと思う。
アーチを作る薔薇の花。
どんな季節でも咲き誇れる多年草。
寂しい季節を彩るコキア。
そうやって花の笑顔を散りばめて、家庭の小さな人間関係に歪さを運ぶ雑草をひたすらに抜いて、美しい理想の形を求めて、私達は、家族というものを作り上げるのかもしれない。
特に、夏の庭は雑草との戦いだ。結局芯の残る草たちの生命力は、逞しくて、私の体力には到底及ばなくて、白雪姫は、そんな姿を見ているはずなのに、何も言わなくて、私だけが、独りなんじゃないかと途方に暮れる。
美しい庭作り。
それは、なんでこんなにも孤独なんだろう。
ごめんね、と、声をかけて、ミントの葉をちぎる。夫のために作り上げる紅茶のシフォンケーキに飾りをつけるために。
良い奥さんを演じるには、ケーキを焼くのが手っ取り早い。美しい庭を育てる労力は、ものの何時間かのシフォンケーキには
到底敵わないのだから。
今日は、バレンタインデー。
配偶者のない今、私は初めて既製品のチョコレートを日頃お世話になる人に購入した。
「これ」と指をさすと、店員さんはテキパキと商品を掲げて、会計に誘導する。CAT端末は変な声をあげて、ものの数秒で、素敵な紙袋に入れられたチョコレートは、私の手元に届いた。
美しい庭や、手の込んだ紅茶のシフォンケーキを焼く私を思い出して、誰にも見つからないように右腕を上げて口元を覆う。
揺れる電車の中で紙袋に皺がつかないように、そっと抱きしめて、時を重ねることだけが全てではないと、芳醇でビターな香りを身につける。
そんな誰かのための、心がこもった、簡易な行為ですら、居心地の良さを与えるものになることを、私は最近知った。
そんな庭を育てる人々は、Icebergのように美しくて、冬の露草色のように、誰かとの聡明な絆を、少なからず備え持っているだろう。それは、言葉に出さなくても、愛おしい誰かへの想いは、オーガニックに積み重なっていると思う。
そんな、美しい庭を育てる全ての人たちへ。
モスキートeriからのバレンタインデー。
