読みたいリスト:訪問先の英文学を一網打尽に【子連れ欧州ノマド準備】
数か月にわたる子連れ欧州ノマドは、建築史の研究者である夫の同行です。そのため私と子供に選択権はなく、金魚のフンのようについて回るだけ。
とはいえ、行く先にまつわる文学作品や作家のことを少しでも知っておくことで、旅先での想像力をより豊かに羽ばたかせたい!
そんなわけで、序盤の訪問地であるイングランド・スコットランド・アイルランドの英文学と、ゆかりのある土地を一網打尽にできそうな、この本を読んでみました。
私は英文学を体系的に学んだことはありません。ただ、シェイクスピアやオースティン、ブロンテ姉妹、ディケンズ、ウルフなど一般的に親しまれている作品はつまみ読みしてきました。
なので、英文学に詳しい方には当たり前or物足りないかも知れませんが、そうでなければ、この一冊でアーサー王からハリポタまで、かなり充実した英文学妄想紀行が可能になると、自信を持っておすすめできます。
英文学に少しでも関心がある方なら、どこかしら刺さる作家や作品、テーマがあると思います。以下はそのごく一部の、備忘録を兼ねた個人的な「読みたいリスト」ですが、何かのご参考になれば幸いです。
カンタベリー:チョーサー『カンタベリー物語』
カンタベリー大聖堂巡礼を動的舞台とした長編物語詩。14世紀イングランド社会のほぼ全ての階層と職業を網羅した30人が語り手を務め、話の順番はくじ引きで決め、一番優れた話をした者にはごちそうするという実に公平な設定。24の話のジャンルは多種多様。
つまりこれを読めば中世イングランドの諸相を、やっぱり一網打尽にできるのでは!?と想像します(安直)。
ちなみに14世紀までイギリスの支配階級の言語はフランス語でしたが、百年戦争を経て本作をはじめとするロンドン英語文学が確立したとのこと。教科書にも出てくる超有名作品でありながら、何が凄いのかよく認識していませんでしたが、シェイクスピアらに繋がる英文学の原点でもあったんですね。
番外:チャールズ・ラム『エリア随筆集』
(いきなり番外で恐縮です)ロンドンは今回行かないので、ロンドン系の作品や作家は選外とさせてもらっているのですが、「ケア」の文脈からぜひ読みたくなったのが本作です。
吃音を持ち、東インド会社に務めながら病気の家族をケアし続けたラム。発作を起こし母親を刺し殺してしまった姉メアリーにも生涯寄り添い、彼女との共作で子供向けのシェイクスピアも著しました。社会的弱者への優しいまなざしと、ユーモアや詩的文章美が織り交ざるという本作は、英文学随筆の傑作と言われます。日本にラムを知らしめたという福原麟太郎著「チャールズ・ラム伝」も併せて読んでみたいものです。
マンチェスター:ディケンズ『困難な時代』、ギャスケル『北と南』
産業革命で多くの工業都市が発展するとともに、さまざまな問題も噴出したイングランド。2作品とも代表的な工業都市であるマンチェスターを想定し、功利主義と人間性、そして格差が拡大した北部・南部の和解をテーマとします。
後者はシャーロット・ブロンテの伝記を書いたことでも知られる女性作家エリザベス・ギャスケルの作品。性格の良さが文章にも滲み出るという彼女は、ビクトリア朝時代の「家庭の天使」でありながら、なぜ名作を描けたのでしょうか。今も続く南北問題に加え、彼女自身のことも知りたくなりました。
番外:ジョージ・エリオット『ミドル・マーチ』
またも番外。こちらはビクトリア女王と同年齢で、内縁の夫の名前をとって男性名で活動した女性作家の代表作。複数家族の物語が交錯し、ビクトリア朝時代の地方都市の生態を知るのにもってこいである上に、利己的な牧師の夫に苦しめられながら精神の自立を目指す女性を描き、後年、ヴァージニア・ウルフが絶賛したという点でも惹かれます。
光文社古典新訳文庫が出ており、全4巻はちょっと重いかな〜と思いつつ。ギャスケルとも対比しながらチャレンジしてみたい作品です。
エディンバラとボーンマス:ロバート・ルイス・スティーブンソン『ジキル博士とハイド氏』
今更、未読と言いにくい世界の名作。舞台はロンドンですが、主人公のモデルとして知られるウイリアム・ブロディ―は18世紀半ばのエディンバラの市議会議員でした。作者のスティーブンソンの故郷もエディンバラで、「ジキルとハイド」の二面性はスティーブンソン自身の人生の光と闇、そしてエディンバラの美しい新市街と貧困にまみれた旧市街の対比から生まれていると言います。
ウォルター・スコット、コナン・ドイルらの出身地であり、J・K・ローリングが『ハリー・ポッター』シリーズを書いた文学の聖地として知られるエディンバラ。詩情を掻き立てる美しさのみならず、闇を抱えた多面性にも意識を及ぼしてみたいです。
発熱と喀血、悪夢の記憶をもとに、スティーブンソンが実際に本作を書いたのは療養先のボーンマスでした。ボーンマスもイングランド南部のリゾート地で、Wikipediaによると「イギリスで最も幸福な街」調査で1位になったこともあるそう。そんな「光」の街で、闇深いこの作品が書かれたという事実もまた、興味深いです。
ダブリン:ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』
1904年6月16日、ダブリンでの1日をホメロスの叙事詩『オデュッセイア』になぞらえて描いた長編小説。ダブリン巡りのシミュレーションに最適?!と、またも安直に考えそうですが…『失われた時を求めて』と同様の大長編と聞くと、さすがに読み通す自信が湧きません。
ゆかりの地巡りの無料マップが公開されているらしいので、それだけでも見ておきたいのと、ジョイス記念館や、近年できたアイルランド文学館は行けたら行っておきたいです。読破チャレンジは…いつか。
コーク:エリザベス・ボウエン『最後の9月』
ビッグハウスとは、アイランドの支配階層である英国系アイルランド人(アングロ・アイリッシュ)達の邸宅を指します。かつてコークにあったビッグハウスの一つ、「ボウエンズ・コート」の歴史と記憶を基礎とした女性作家ボウエンズは、アングロ・アイリッシュの栄枯盛衰を心理小説に託しました。
ボウエンズ・コートは残念ながら解体されてしまっていますが、コークに行くなら、ボウエンの自伝的な『最後の9月』のラストはぜひ読んでおきたいと思います。
おまけ(デフォーとスコットランド独立問題など)
『イギリス文学を旅する60章』はタイトルが示す通り、まだまだ多くの興味深い作品と作家、ゆかりの土地を紹介しています。
そんな中で、上述のイングランドの南北問題や、スコットランド、アイルランド、イングランドの政治的関係性といった地域的な問題は、英文学の一大テーマでもあると、今更ながらに痛感させられました。
たとえば1706年の「合同法」でイングランドとスコットランドが合併に動いた際、この背後ではダニエル・デフォーが暗躍していたそうです。
『ロビンソン・クルーソー』を書いた時、彼は既に還暦近く。文筆によって世論を動かす「パンフレティア」の第一人者であり、実業家であり、スパイでもあるという何重もの人生を生きていたわけです。その経験が傑作を書かせたのだと得心させられます。
そんな作家の人生と土地、作品を重ね合わせると、読書や旅がより味わい深くなりそうです。
さて、ここに書いた8作のうち、実際のノマドまでに読破できる作品は現実的には限られるでしょう。
ただ積読も、もっと言えば「読みたい」という妄想だけで終わっても、悪くないと思うんですよね。人生の目標ができたと思えば。
もちろん読めたら、それに越したことはありません。とりあえず『カンタベリー物語』からトライしてみようと思います。
ここまで読んでくださった方、心からありがとうございました。少しでもお心に留まる本がご紹介できていたなら幸いです。