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【エッセイ】おかまを洗う女 

「私、おかまを洗うのが得意なの」と、彼女は言った。

高校生の時の話だ。私の母校は、主管の先生というのが東組・西組・南組・北組(高等科はこれに中組も加わる)にそれぞれ3年間固定してついていて、その下で、生徒は毎年クラス替えがあるのだが、その彼女とは、なんと中1から高2まで、一緒のクラスだった。

特にどこのグループにも属さないでいたが、何かでグループ分けしないといけない時、私は彼女と同じグループにいた。お弁当も一緒に食べていた。周りから見れば親友に見えたかもしれない。彼女が私にべったりくっついていたからだ。だが、私は彼女があまり好きではなかった。

どういう経緯だったかは忘れた。彼女の家にお呼ばれして、はるばる千葉まで行った。そこで、これもどういう経緯だか、私は得意でもないのに、エプロンを借りて、チャーハンを作った。片づけの時に、彼女は言った。「私、おかまを洗うのが得意なの」と。

おかまを洗うのに、得手不得手があるだろうか。ずっと、考えていた。

だが、あるかもしれない。例えば、油汚れは最近の洗剤で対抗できても、一番厄介なのは、米粒などのでんぷん汚れだ。でんぷんを落とすのが上手なのだと、彼女は言いたかったのか。

いや、そうではないかもしれない。彼女の「得意なの」宣言後、その手つきを見ていたが、彼女は器用にクルクルとおかまを回して、嬉しそうに洗っていた。おかまの「回し洗い」が得意だと言いたかったのだろうか。

今となっては確かめる術がない。いや、なくはないが、私は母校の同窓会に一度も出たことがない。そのまま卒業から長い年月が過ぎ、今更出席する気も、勇気もない。出席したところで、彼女に会って、あの日の、あんなちっぽけな思い出を問いただしたところで、きっと彼女は覚えていないだろうし、聞きだせても、それが何だというのか。

それでもおかまを洗うとき、ふと私は彼女の言葉を思い出すのだ。






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