菖蒲のつみれ汁 2
私の搬送先はたかが知れていた。真四角な白い部屋の二箇所にある二寸ばかりになる窓には磨り硝子がはめ込まれてあり、色の次第では日差しに葉を輝かせる新緑にも見えたが、実情は底知れぬ深みのある藍を携え轟轟と唸る海がその外には広がっている様だった。部屋を隅々を目玉の奥を痛めながらぐるりと睨め回すと、真新しそうな鈍色の寝台が佇んでいるだけで、驚くことに埃すら一片も見ることが出来ないでいた。
ドアも無くして、如何様に私はこの箱の中に入り込んだのだと疑問を浮かばせることさえ許さぬ淀んだ空気は私の鼻から喉を伝い、ゆっくりと器官を撫でながら肺胞の一つ一つを赤子のように弱々しく包み、或いは獅子のように荒々しく噛み付くのであった。その感を第六とすれば戸惑い狂うのが常というものと認識してはいるものの辞められるはずもなく天井を仰いだ。
つもりだった。
図らずも私は天を仰いでいた。高々とそびえる壁に後退りするも脳天の少し下くらいが眩んだように思えた。そこに仁王立ちしている雲には、私の両目をもってしても距離感を測ることはできないナンチャラ器官の悲鳴も聞こえないであろう。雲の気持ちを考えるの余裕だけはあることに気がつき、私自身の面白さを呪った。
「…サン、」
弱々しく今にも途切れてしまいそうな女性の声で私は少々の磨耗を緩せざるを得なかった。
「ハイ...」
こちらも情けのない何とも1本の筋も通らないほどの声だが返事をしてやった。何故その女性がこの私を呼んだのか、そもそも私のことを呼んでいたのか、何も分からないまま反射的な言だった。
「あまり、よくならないですか、」
どうやら私の事で違いなかったらしい。その女性は私の体調をひどく心配しているようであったが、終始自分の2歩先の地面を凝視し、頬を時折強ばらせるのであった。