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Present For Phoenix VaioSteraArchives(ショート小説)

ガタンと電車が大きく揺れて、近くのつり革へと手を掛ける。
 車内に空いている席は無く、思わずため息が漏れた。

 朝っぱらか気分がダダ下がりだ。
 しかしこういう通勤時間こそ、人は良質で有意義な娯楽を楽しまなければならない。
 カバンの中をゴソリと漁って、細長い機械を一つ取り出す。

 2030年現在、ボールペンサイズの通信機器とコンタクトレンズ型ディスプレイは最早生活の主流である。
 特にここ10年は通信技術が発達し、より安価に、より手軽に、より身近にネット世界を使えるようになった。
 お陰でまだ社会人になりたての俺でさえ、どこでも気軽に暇つぶしをする事が出来るようになっている。

 端末の上のポッチを長押しすれば、僅かな振動と共にブゥンと小さな起動音がした。
 窓の外を流れていく曇り空の街を背景に、動画コンテンツが幾つも並ぶ。

(今日はこんな天気だし月曜日。やっぱ気分が上がるのが良い)

 適当に動画を選び流し見たりする事もあるが、今日は目当ての人物が居る。
 通信機器を操作して該当の投稿を探していると、わりとすぐに見つかった。
 Vstar・楠咲フェニの新着動画だ。

 楠咲フェニとはバーチャルの姿をまとって活動する配信者――通称『Vstar』の代表格、「みんなに元気をプレゼント★」をモットーとしたネットアイドルのような存在だ。

 おあつらえ向きに昨日の夜から新着動画が一本アップロードされている。
 タイトルは『贈り物開封していっちゃうぞー!』。
 なるほど、どうやら今回はファンから貰ったバーチャルプレゼントの開封動画を上げたらしい。

 画像をポチッと選択すると、また景色が変化した。
 視界が完全に切り替わり、バーチャルの世界へとダイブしたかのような没入感を手に入れる。

 場所は白を基調にした、女の子の良い匂いがしそうな部屋。
 そこにはねっけのあるピンクの髪の少女が一人、座ってこちらに両手をブンブンと振っている。

「みなさーん、おっはフェニーーーックス! 元気かな?」

 えぇそれなりに。

「今日はねぇ……ファンのみんなから貰った贈り物が結構溜まったので、今から開封したいと思います第7弾!」

 語り口に呼応するように、フェニの目の前にポンッと全部で5個のプレゼントBoxが表示された。
 宙にフワフワと浮いているそれを一度グルーッと見回してから、フェニは「今回はどんなのが入ってるのかなぁー? ワクワク」と言いつつカメラ目線。
 でも、ワクワクしてるのはこっちの方だ。

 フェニのこの『贈り物開封動画シリーズ』は、未開封のBoxを開ける事で贈り物初見の素に近い反応が見れる、ファンとしても美味しい企画なのである。

「じゃぁ早速、行っくよー! 一つ目!!」

 一番右端のボックスをフェニがポンと叩く。
 「ジャジャーン」という効果音付きで箱が開封され、中からプレゼントが出現した。

 出てきたのはワンピース。
 もちろんバーチャルでのプレゼントだから『楠咲フェニ』が着る為のもの、電子アバター用の服だ。

「わーっ、私が好きな桜色!」

 フェニはスッと立ち上がってクルリと体を一回転。
 すると次の瞬間には、もう頂き物のワンピースを着たフィニがそこに居る。

「とってもカワイイありがとうー!!」

 フェニの弾けんばかりの笑顔を見て「きっと誰もがこれを見たくて贈り物をするのだろう」と思わせられる。
 それだけの魔力を持っているのが『楠咲フェニ』という存在だ。

 が、コアめなフェニファンの俺に言わせると、この贈り物は50点。
 フェニが白い空間に合うファッション、とりわけ桜色が好きなのはファンの中では周知の事実。
 少し意外性が足りない。

 
「じゃぁ着たまま次行ってみよー! 次は、コレ!」

 ジャジャーン。

「ん、ゲームだね」

 表示されているパッケージには、筋肉ムキムキの男と男が向かい合ってファイティングポーズをしている。

「えーっと何々……? 『これでプレイ動画をやってください』? もーっちょっと?! アタシがアクションゲームめっちゃ苦手なの、君らもよく知ってるでしょーっ?!」

 プンプンと怒ったフィニに対し、視界の下に視聴者からの書き込み文字がピコンッと上がる。
 
 <進まなくて困ってるところが見たいんじゃないー>
 「さては送ったの、君だなぁ?!」

 なるほど、この送り主は幸運にもライブ配信の時間帯に居合わせたらしい。
 こんなやり取りが出来るなんてちょっと羨ましいが、元気が売りなフィニの困り顔が見たいだなんて結構コアなファンとみえる。
 よく分かるぞ、その気持ち。
 仕方がない、許してやろう。

「もー、分かったよ! じゃぁまた今度やるっ! って事で次!!」

 
 ジャジャーン。

「お、また服だね……って、『木』? え、何で『木』?」

 次に出てきたのは、黒いティーシャツだ。
 『木』の白以外は無地のソレを前にして、フェニは「うーん」と少し悩む。
 しかしすぐにはちきれんばかりの笑顔を取り戻し。

「よし、とりあえず飾っとこう!」

 言った直後、ポンッという小さな音と共に白地の背景に、Tシャツ型の黒がディスプレイされる。
 まぁ前にフェニ、謎漢字の服を見て「あまり魅力が分からない」って言ってたからな。
 『残念ながら次の配信時にはあの壁からも消えている』に一票。
 っていうか、ホントに何で『木』?

「じゃぁお次!」

 ジャジャーン。

「あっ、ガチャ権! 『このゲームのUR、どうしても自分じゃ当てられないので、フェニちゃんどうか当ててください』。オッケーっ! これも今度企画でやるよーっ!」

 
あー、フェニのくじ運マジえぐいからな。
いつだろう配信、期待期待……。

「って事で、もう最後。最後は……これっ!!」

 ジャジャーン。

「ヒマワリだぁーっ!! えへへっ、可愛い」

 ヒマワリの茎をギュッと握り、フェニがこちらにはにかんだ。
 あぁもう可愛いなぁ。
 ピンクの髪にヒマワリの黄色、絶対に似合うと思ってたんだよ、流石俺。
 っていうか俺の推し、まじ天使だな。

「えーっとねー、皆は知ってるかな? ヒマワリの花言葉は『あなただけ見つめる』。贈り物に花ってけっこう一般的だけど、『失敗しない贈り物だから』っていう理由だけじゃなく、誰かを応援したい時にも贈りたくなるものなんだって!」

 思わず心臓がドキリと撥ねた。
 フェニは天真爛漫の元気印だが、こうやって意外と勘が鋭い。
 人の気持ちを察するのが上手なんだ。
 これが心地よさに繋がって、彼女のファンは増え続ける。

「アタシはコレ、間に合わせのプレゼントじゃなくて、ちゃんと送り主さんの気持ちが入った贈り物だって思うなぁ」

 推しに自分の気持ちをこんなにも推し量ってもらえるなんて、ファンとしてこれ以上に嬉しい事もない。
 しかもからかい交じりの笑みを浮かべて、こちらを上目遣いでのぞき込んでくる。

「あと君さ、多分ロマンチストでしょ? 紳士アピールもあるのかな?」

 
 ちょっと見透かされ過ぎて、顔がカッカとし始めた。
 なのに彼女はそんな俺には配慮せず、「ふふふっ、だけどね」と言いながら更にズイッと距離を詰めた。

「これしきでフェニは落ちたりしないんだからね!」

 弾ける笑顔のカメラ目線。
 お見舞いされたウインクに、俺は思わずガッツポーズ。
 その後の、「いやーっ、フェニは落ちたりしないんだからねって、あざとすぎーっ!」ともまたカワイイ。
 口からは「うぉぉぉぉ!!」と歓喜の声が突いて出た。

 が、その時だ。

「えー、なにあれー」

 変なものを見たかの様な声に俺はハッと我に返り、羞恥に顔が熱くなる。

 あぁそうだ、ここは朝の通勤電車。
 なのに家で視聴する時の癖でつい『VR視聴』にしてしまい、外だというのを完全に忘れて周りを気にしていなかった。

 VR視聴は実にリアルだ。
 リアル過ぎて、ついつい没頭し過ぎてしまうのが玉に瑕。
 だから外では必ず『画面視聴』にする事というのがVstarファンの常識だ。
 それを怠ると、稀にこういう事故が起きる。

(見ている動画が周りから覗かれる心配が無いのは嬉しいんだけどなぁ)

 心の中での小さなボヤキは、こちらを見ながらコソコソとしきりに何かを話し合う女子高生二人組の目から現実逃避する為だ。
 
 全てはフェニのせいである。
 フェニがあんなに可愛くて、ファンサも出来ちゃうのが悪い。

~~Fin.

本編小説プロローグ


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