「ヒトは感情で判断する」し、自分もその1人
仕事を行う上では、合理性や論理性を重視して判断するべきです。
それこそ、いまの政(まつりごと)で見られる「人情」での判断が、いかにボロが出るかご存知のとおり。だって、人のためを思って仕事をするなら、徹底的に合理的な思考を行い、その結果をもとにして行動すべきです。
その歪みを生んでいる原因は、言うまでもなくお金でしょう。そして、根本的な原因は、人間関係です。
「あの人に気に入られれば、出世できる」
「一定の金額を与えれば、自分をよく扱ってくれる」
それで大事なことがポンポン決まるんですから、こちら側としては文句の大砲をぶっ放してやりたい。
論理的かつ合理的な判断をしろよ!と怒りが募るばかり。
じゃあ、当のわたしたちは、どうなのか?
まず、私生活において、つねに合理的な判断をできているでしょうか?
まあ、出来ていない人しかいません。そんな人間、というか人類は、地球が誕生して一度もいないです。いるとすれば、それは神でしょう(神も神で、「えっ?!神様なのにそんなことやったの?」とツッコミたくなりますが(笑))。
ぼくは、つい最近の仕事の中で、感情的に判断してぇと感じました。
相見積もりを行った結果、安価なところと連絡することになりました。そこの対応が、言っちゃダメですが、んまぁクセがエグい……。
こっちの質問(Yes/Noで答えられる質問)に対して、第3の回答をぶつけてきたり、シンプルに返信が遅かったり。
不採用にしたところは、いつもお世話になっているところで、仕事が早く正確(ほしい答え以上も連絡してくれる)です。
「あ"ー!!金額なんて関係なしにこっちを採用したい"!」
合理的に考えたら、もちろん、より安価なところを採用するのか正解です。たとえそこの対応がクセがエグくくても。
けれど、わたしたちは機械ではありません。ストレスを感じるようなコミュニケーションは、たとえそこが安価だとしてもやりたくない。いわゆる、お得意さんとやり取りしたくなるもの。
だからといって、「感情で判断するのはしょうがないよね、人間だもの」とする気はありません。
わたしたちが行う仕事では、自分からストレスを減らす工夫をするしかありません。
メールを簡潔にするとか、ハイライトや太字にする等の書式を工夫する。若しくは、別のところに連絡するとか。
政に対しては、投票の権利を行使するしかありません。というかそれしかできません。
アドラーが「人生の悩みのすべては人間関係である」みたいなことを言ったと思います。
読んだときは、「んまぁ、そうかも?」程度にしか感じませんでしたが、仕事をするようになって、そのことが分かってきたと思います。