:0167 『介護という日常』&『続 介護という日常』 感想 #文学フリマで買った本
在宅介護の大変さで荒んでいく娘視点の五行歌。まだ認知症が酷くはない冒頭に「毒親だろうが 何だろうが」と覚悟を決める場面。介護と関係なくそりが合わないこともあったのだろうか。親子関係が良好であれば「不自由な親だろうが 何だろうが」ぐらいに収まるのではないか。わたしは親子関係は良好なのでそう考えている。
わたしの母は訪問介護の仕事をしている。「介護はプロに頼りなさい」と教えられてきたので、在宅介護はしない派だ。『続 介護という日常』で新たに介護施設での友人ができた場面があったが、人間関係を母娘だけで完結させれば悪化してしまうのは当然だ。介護施設で友人ができるタイプの方で良かった。介護施設に入所しても友人を作ろうとしないわたしの祖母のようなひともいるから。
「私」が「私」のために生きれるようになっていく。「兄」は介護をしないから、「母」にとっての理想的な生活を施設を見にいくまで何にも想像できていなかった。「母」は色々とできない状態だから、「兄」は無責任に「母さんはできる」と応援するから苛立つ。80%は苛立ちの五行歌である。
この五行歌集は若い世代に読ませたい。親の方が何でもできるように見えるかもしれないが、いつか自分の方ができることが増えていく。親のできることは減っていく。
・親に広い人間関係を持たせること
・自分が親の面倒をみれるようなひとになること
・ろくに介護に関わってこない親族には介護の現実に立ち会わせること
このあたりをたった40ページで学べる。
唯沢遥さんはまだまだ元気な高齢者。文字が太くて大きめで、やはり歳をとるとこのくらい大きい文字が読みやすいのか。わたしも老後に備えて大きな文字で詩集を制作していく。