空木 峻平
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞、一次選考落選作。 四〇〇字詰め原稿用紙換算枚数437枚。 忘れていなければ、一日ごとに投稿します。
その名の通り、所感、雑感、自己紹介。あとは新人賞の経過報告や執筆活動で感じたことを書いていこうかな。
第42回小説推理新人賞、一次選考落選作。原稿用紙換算八十枚。便宜上、改行は一行開けることで表現します。一日ずつ更新します。
二 「少しは自力で本を選ぶべきじゃないか?」 開口一番、いつもと変わらぬ無表情で川上さんは言った。挨拶の過程が省略されるのはいつものことだ。 「真夜君は司書の仕事…
第二章 笑い飛ばしてしまえばいい 一 本を読む。誰かと一緒にその時間を共有するリスクは確かに存在している。元来、書物とは孤独な性質のものであり、独りで読…
三 真凛は勉強机に向かい、ノートと教科書を開いていた。勉強を邪魔しないように、静かに二段ベッドの上に行く。部屋には勉強机が二脚あったのだけれど、片方はあまり活用…
一九時四五分。閉館十五分前のアナウンスが館内のスピーカーから流れてくる。没頭していた意識が戻り、視野の焦点が分散していく。どれくらい読み進めたのだろうかと手を止…
「真夜君」 邪な目的も忘れて読書に没頭している最中に、話し掛ける声があった。物腰柔らかな声は、性急に過ぎる現代に於いて、逆に不適切の烙印を押されかねない。落ち着…
二 住宅が建ち並ぶ通りを抜けて、空の延長みたいな坂道を昇る。途切れた坂を横道に入ると、L字になった道の角に図書館は建っていた。 住宅に紛れて現れる図書館は、狭い…
第一章 我ら偏執的読書家はつつがなく 一 本を読む。たとえば意味もなく街を歩いたり、積み重なった食器を黙々と洗う。自分の好きなペースで走ったり休んだり…
『断章 われら畏れを知らぬもの』河内飛鳥(川柳蒲柳)の詩 嘘は一つの符号に過ぎない。求めたのは言葉とも違うピリオドと書き切るまでの機械人形(オートマタ)だった。 …
書き始めるまでは書くことがあったような気がするけれど、いざ取り掛かると明瞭ではない。不思議なもので、そんなときは詩作でもしようかという心持ちになる。 というより…
嘘は一つの符号に過ぎない。求めたのは言葉とも違うピリオドと書き切るまでの機械人形(オートマタ)だった。 しかし、人形は太陽に灼かれている。外側には人間の皮を被せて…
風変わりな設定に付属される同じような言葉、模倣された文体と由来の辿れない感情表現、独裁的な価値観と耄碌した価値観。由緒正しき天空の城も太陽に飽きてしまった。変わ…
コンパスで丸を描くように都市を切り裂く線路。斜めに走る車窓から見上げるビル群は各々が斜塔の様相を呈している。地表が際限なく反り返り、木肌が捲れるように都市は丸ま…
金属が収縮するようにスプリングの効いた音の弾みが炎天下の密室にこだまする。蒸発した脳味噌のやがて蒸れた沼の臭気は爪先まで漂い、空の頭蓋を駆け昇る劇薬に変化した。…
雲海を眺め、切り取った先から始まる落下を塩気の強い風が浚うように昇っていく。我と我が身と肉体の集合を引き連れて、一直線の死相を流れ星に転移し見立てた。件の肉体は…
「まず、狼京介が犯人であるという前提を考えてみたんです。警察も、事件は狼京介が犯人であるという前提条件から動いている。では、どうして狼京介が犯人と思われているの…
都市部からは少し遠ざかり、異様なまでに静かな住宅街だった。見渡す限りも人影はなく、建ち並ぶ邸宅は眼を瞠るような広い敷地ばかりであった。 駐車場を探すのも面倒に思…
2021年7月6日 23:58
二「少しは自力で本を選ぶべきじゃないか?」開口一番、いつもと変わらぬ無表情で川上さんは言った。挨拶の過程が省略されるのはいつものことだ。「真夜君は司書の仕事を尊重しているんですよ」僕は莫迦みたいにうんうんと頷くが、こういう場面で川上さんが折れるのはあまり見たことがない。僕の手には今しがた受け取った読み掛けの『破戒』が握られている。「もちろん、業務の一環としてのアドヴァイスです。利用者に
2021年7月4日 02:00
第二章 笑い飛ばしてしまえばいい 一本を読む。誰かと一緒にその時間を共有するリスクは確かに存在している。元来、書物とは孤独な性質のものであり、独りで読まれ、独りで書かれるものだろう。例外は少なからず存在するが、大多数はそうである。読み手は書物を独りで読み解いていく。言葉とは音であり信号である。文字とは視覚から情報を得る信号である。同時に文字は読むものでもある。文字の多くは発音が
2021年7月3日 17:13
三真凛は勉強机に向かい、ノートと教科書を開いていた。勉強を邪魔しないように、静かに二段ベッドの上に行く。部屋には勉強机が二脚あったのだけれど、片方はあまり活用されていない。試験期間中でもなければ、真面目に勉強などすることもない。ベッドに凭れるように坐る。家ではいつもぼうっとしていることが多かった。僕にとっての家とは勉強をして、食事をして、寝るだけの場所だったのだ。自室にはテレビも置かれていな
2021年7月2日 07:14
一九時四五分。閉館十五分前のアナウンスが館内のスピーカーから流れてくる。没頭していた意識が戻り、視野の焦点が分散していく。どれくらい読み進めたのだろうかと手を止めてみれば、ちょうど、一〇八頁に差し掛かるころだった。大きく息を吐く。「閉館だ」声のほうを振り返ると、川上さんが書架に本を並べている。顔は書架に向けたまま、口と手だけが淡々と動いていた。「判ってますよ。帰ります」アナウンスの瞬間を狙っ
2021年6月30日 22:35
「真夜君」邪な目的も忘れて読書に没頭している最中に、話し掛ける声があった。物腰柔らかな声は、性急に過ぎる現代に於いて、逆に不適切の烙印を押されかねない。落ち着き払ったというよりは暢気な様子で姫野さんが立っていた。「お疲れ様です」軽く会釈する。姫野さんに疲労の色は見えない。真っ白な髪は短く切り揃えられていて、頬から顎に掛けての鋭角的な線は不健康な印象を強くする。顔の丸みが消えて痩せぎすに見える
2021年6月30日 09:25
二住宅が建ち並ぶ通りを抜けて、空の延長みたいな坂道を昇る。途切れた坂を横道に入ると、L字になった道の角に図書館は建っていた。住宅に紛れて現れる図書館は、狭い敷地の中にある。高校から程近い場所にも図書館はあり、分館に区分される施設がここだった。僕が住んでいる辺りには市区町村の付かない大字(おおあざ)の地名が残っている。大字とは要するに字(あざな)であり、口語としての呼び名の地名を引き継いだも
2021年6月27日 23:38
第一章 我ら偏執的読書家はつつがなく 一本を読む。たとえば意味もなく街を歩いたり、積み重なった食器を黙々と洗う。自分の好きなペースで走ったり休んだり、眠たければうたた寝をする。あまりにも自然で忘れそうになるが、それらは生活に必要なものであり、欠かせば少し落ち着かない。普遍的な読書とは斯くして続けられていく。純文学も大衆小説も変わらない。読書というのは負荷が掛かる行為だと錯
2021年6月27日 04:05
『断章 われら畏れを知らぬもの』河内飛鳥(川柳蒲柳)の詩嘘は一つの符号に過ぎない。求めたのは言葉とも違うピリオドと書き切るまでの機械人形(オートマタ)だった。しかし、人形は太陽に灼かれている。外側には人間の皮を被せている。しかし、人形の瞼は落ちている。生身の目玉はすぐに乾いてしまう。しかし、人形が手紙を書いている。指にはまだ不具に血の通う女が残っている。人でなしの墓地に花を添える、
2021年3月12日 17:47
書き始めるまでは書くことがあったような気がするけれど、いざ取り掛かると明瞭ではない。不思議なもので、そんなときは詩作でもしようかという心持ちになる。というよりも、曖昧な感傷やふっと脳裏に浮かぶ場面へと興趣をそそられる。小説が長い懲役だとすれば、詩作は余暇の楽しみになる。筋書きや脈絡を追放すると、書きたいことだけを書いている。発散する意欲はすべからく反動に所以する。太陽は大抵が静寂のモチーフ
2021年2月11日 16:06
嘘は一つの符号に過ぎない。求めたのは言葉とも違うピリオドと書き切るまでの機械人形(オートマタ)だった。しかし、人形は太陽に灼かれている。外側には人間の皮を被せている。しかし、人形の瞼は落ちている。生身の目玉はすぐに乾いてしまう。しかし、人形が手紙を書いている。指にはまだ不具に血の通う女が残っている。人でなしの墓地に花を添える、変わり者の影が揺れる。野晒しの教会に続く裏庭が墓地である
2020年9月11日 12:56
風変わりな設定に付属される同じような言葉、模倣された文体と由来の辿れない感情表現、独裁的な価値観と耄碌した価値観。由緒正しき天空の城も太陽に飽きてしまった。変わりの船を見つけて地に落ちた。蔦に覆われた城はもはや何者をも拒み焼き払うしか手立てはなかった。
2020年9月6日 14:12
コンパスで丸を描くように都市を切り裂く線路。斜めに走る車窓から見上げるビル群は各々が斜塔の様相を呈している。地表が際限なく反り返り、木肌が捲れるように都市は丸まっていく。車窓は自由キャンバスで席に掛かる重力の仕組みは不変であった。ビル間は天辺を擦り合わせて崩れていく。巻物の都市はシェイクされて、車窓だけが観測主に落ちぶれて…………抉じ開けた瞳に映る世界は平行だった。空気を吐き出すように電車の扉が開
2020年9月5日 07:34
金属が収縮するようにスプリングの効いた音の弾みが炎天下の密室にこだまする。蒸発した脳味噌のやがて蒸れた沼の臭気は爪先まで漂い、空の頭蓋を駆け昇る劇薬に変化した。反響に耐えうる骨でなくとも断末魔に満足の気配があれば弦を弾いてみせるだろう。すべては緋いローブを纏った女の指だ。限界をぎりぎりと引き絞り、撃鉄に掛けた紐が漲ったら発射せよ。貴い命をたった一度の音にして、悪魔の契約に身をやつして。
2020年9月4日 23:15
雲海を眺め、切り取った先から始まる落下を塩気の強い風が浚うように昇っていく。我と我が身と肉体の集合を引き連れて、一直線の死相を流れ星に転移し見立てた。件の肉体は集合体、されど魂は一つしかない。無限に分離する我が身を知りながら、空中の軌跡を振り返らない。月夜見よ死よ訪れたなら悲壮の魂はきっと中空を貫いて雲海の隙をほとばしる。彼の肉体が水面に鮮血をはじけとばせば、死んだものを足蹴にして魂は再び飛翔を開
2020年7月1日 00:54
「まず、狼京介が犯人であるという前提を考えてみたんです。警察も、事件は狼京介が犯人であるという前提条件から動いている。では、どうして狼京介が犯人と思われているのか? これは綾子さんが実際に犯人を殺害現場で見ているからですね。もちろん、それだけではありません。現場から逃走したという経緯もあります。思えば、狼京介は私が十年前の事件について話すまでは、綾子さんの正体に気付いていなかった。旧姓の楪綾子とし
2020年6月30日 08:26
都市部からは少し遠ざかり、異様なまでに静かな住宅街だった。見渡す限りも人影はなく、建ち並ぶ邸宅は眼を瞠るような広い敷地ばかりであった。駐車場を探すのも面倒に思える。愛車を路上に停めて、乾十和子は車を降りた。閑静な街並みに、十一月の冷え込みは一層と厳しく感じられる。十和子はクリーム色のセーターにジーンズを穿いていたが、薄手のセーターでは、寒さに対する備えは充分とは言えない。寒がりではあったが