ステレオタイプになんて負けるものか
研究室のメンバーで飲み会に行った時のこと。1つ上の先輩が助教の先生に向かって普段は聞けない質問をここぞとばかりにぶっ込み始めました。
「先生、本当の幸せってなんでしょうか?」
結局本人が聞きたかったのは、就活を控えた今、結婚を考えているパートナーとの生活を想像した時の不安の解決策のようでした。どこに住めば安寧に暮らせるのか、穏やかに生きられるかについて教えを乞うと、人生の先輩たる助教はその順風満帆な生活の数々を話し出します。
「若いのに旦那さんもいてお金も持ってて、そりゃ勝てないですよ、羨ましいなぁ」と先輩。周りもうんうんと頷いています。
若干1名を除いては。
結婚願望・女性経験ともになく、凪のような生活を謳歌しつづけている私にとって、本当の幸せなど自分の成功以外に考えたこともありませんでした。違う人生を送っているのだから違う価値観があってもそりゃいいんですが、あまりにもベクトルが違うので少々狼狽えてしまったんです。
と同時に、そんな自分が少しだけ引け目を感じている現状に違和感を覚えました。親に言わせれば結婚して孫の顔を見せるのが孝行なのかもしれないけれど、それが当たり前、あるべき姿と言われる時代ではもうないのではないか。
そうは言っても、「それもあっていいよね」と全肯定される立ち位置につくことは今のところはなさそうです。
思えば人間はこんなふうに周りからの無言の圧力に押されて、都合のいいように形を変えられてしまうものです。そして僕は真っ向からそれに立ち向かって、自分の形を意地でも保っていこうと思っています。そしてできる限り "自分" を押し通したあと、どうしても無理なら諦めるつもりです。
居酒屋に行くと、「酒飲みだから甘い酒はすぐ飽きちゃうな」とかのたまってハイボールや日本酒ばっかり頼む人がいます。別に価値観を否定する気はないですが、それを公然の事実と定義されてしまうとこちらもやりにくいもので。
単純に今の味覚の嗜好性がそうさせているだけかもしれませんが、それなりに酒を飲める口の私は大の甘い酒好きです。梅酒のロックなら何杯でも飲んでやりたいところですがハイボールだと途端に食指、というか飲舌が動かなくなってしまう。
周りに迎合して甘くないお酒に挑戦してみたことも何度もありますが、なんだか楽しく飲めないような気がして。それでもいいところを見せたくて苦い酒を頼んで気丈に振る前う自分が、なんだかピエロみたいに感じられて情けなくなることがあります。
もっというと将来のことに関しても僕はとことん世間を裏切りたいつもりでいます。ガラス張りのでかい建物の中でいいキーボードをカタカタやる人生が果たして自分にとって幸せかというとそうではない気がしまして。
ただこれに関しては就活開始前の今のうちに考えておくべき代替案がまだ決まっていないので、結局社会の歯車になる選択肢を選ばざるを得ないのかもしれません。こんなこと書いてるの親に見られたら笑われるか泣かれるかしそうで怖いな。
誰かの目を気にして生きるのはやむを得ないことですが、ちょっとくらいは抵抗してみましょう。僕がついてます。たぶん大丈夫。
皆さんへのエールになることを願って、結びの言葉とします。
ではまた。