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思い立ったときにインドカレーを食べにいけない人生はいやだ。
これはなんでもないある夏の日の話。
朝の目覚めは悪くなかった。ほんの数センチ開けた窓の隙間から朝の爽やかな風が吹き込んでいて、気分が良い。なぜだろう、起きた瞬間から今日はなにがなんでもインドカレーを食べないといけない気がしていた。
布団から這い出て顔を洗っても、洗濯機をまわしても、それを干してお茶を飲みながら一息ついても、何をしても、インドカレーが頭から離れない。
そういえば数日前、家のポストに近所のインドカレー屋のチラシが入っていた。どこへやったっけ。そうだ、ポストから出して机の上にぽいっと置いたまんまになっていた。
「チラシ持参で50円割引」
これにどのくらいのお得感を持っていいのか、正直分からない。
それでも十分、この何もない休日に少し外へ出るのには十分な理由になる。
インドカレーを食べに行く理由として、十分すぎる。
お昼には少し早めの11時45分、まだ開店して間もないであろうお店に入る。
(お、一番乗りじゃん。)
案内されるまま狭い店内の、4人掛けのテーブルを1人で独占する。
選べるカレー2種は、バターチキンとマトン。毎回悩むふりをして、結局この2つ。注文を終えて顔を上げると、店内はいつのまにか満席になっていた。1人で4人席なんて、ごめんなさい。
マンゴーラッシーを飲んでいるとBGMのインド音楽が耳に入ってきた。
この曲は多分だけど、一昨年吉祥寺で観たインド映画に使われていた。
『バジュランギおじさんと小さな迷子』という、めちゃくちゃ笑えてめちゃくちゃ踊っててめちゃくちゃ泣ける映画。
上映時間は2時間43分。
3時間近くにわたりインド映画を鑑賞した後、その気分を引きずって吉祥寺まちなかの地下にあるインド料理屋でカレーとナンを食べたのだった。思えばあの日は、インド研究会代表(友人)とロシア研究会代表(私)がインド映画を鑑賞するという奇妙で奇跡的な日であった。
1つ思い出すと、似たような記憶がするすると芋づる式に思い出される。
インド料理には他にも色々こまごまとした思い出がある。
例えばこんなことがあった。中国の深センに住んでいたころ、家族で近所のインド料理屋に行った。インドに迷い込んだのかと思うほどインドの食堂のようなインド料理屋だった。ちなみに私はインドに行ったことはない。
食事が終わりくつろいでいると、突然店主が話しかけてきた。
「君インドにいる僕の娘にめちゃくちゃ似てる!娘のことを思い出した!」
「いや、知らんがな。」って、中学生くらいの私は思った。
でもなんかおっちゃんは娘のことが懐かしくなってしまったらしく、もはや接客と言うより、実家に帰ってきた娘にご飯を食べさせてる感じ。そんなに似てるのだろうか。スマホで写真を見せてくれたけど、南国の太陽でかなりこんがりと日焼けし黒髪を後ろで結ぶ私は、確かに異国の彼女に似ていた。接客そっちのけで思い出に浸っちゃうインド料理屋のおっちゃん、なんかよかった。
…ちょっと熱が入りすぎてうざかった。
こんなこともあった。
あれは高校2年生の夏休み?5,6人で集まって遊ぼうという話になった。バスケをやろうっていう話だったのかな、細かくは覚えていないけど。バスケの前に少し腹ごしらえでもしようじゃないかと。選ばれたのは、住宅街の中にあるインド料理屋だった。私たちはどうやら間違えてしまったらしい。これからバスケをしようとしている私たちにとってのとんでもない大誤算。
量が多すぎる。
高校生が5,6人いてほぼ全員完食までかなりの時間を要した。
遊ぶ時間がない。何のために集まったのだろうか。インドカレー食べるために我々は集まったのかもしれない。正直、カレーを食べた後何したのか全く覚えていない。もしかしたらその日はそもそも「みんなでインドカレーを食べに行く日」だったのかもしれない。そう思えば、そんな気もしてくる。
大学に入ってからもやはり、インド料理屋との縁は細く長く続いていく。
大学近くのインド料理屋は、平日の夜に行くと暇なのか、お替り自由のナンを聞いてもいないのに「ナンおかわりは?ナンいる?」って聞いてくる。なんで積極的に食べ放題のナンを出そうとしてくるんだ。サービス精神溢れすぎていないか。そして勧める割にナン1枚が大きくてお腹にたまる。これは後日談だけど、この話を知り合いにしたところ、彼はナンのお代わり自由なので何枚も食べたらちょっと煙たがられたらしい。ちょっと面白い。
大学に入ってすぐのころ、高田馬場で高校時代の友人と会うことになった。私のまちあるきのお手伝いとして呼んだのだった。通りに雰囲気の良いインド料理屋があって、その不思議な引力に逆らえず吸い込まれるように入店。ラッシー飲みながらの近況報告会は、入学からたいして時間もたっていないのに不思議なほど盛り上がった。未だに梅雨時のじめっとした空気とインドっぽい店内(何度も言うけどインドにいったことない)、甘く爽やかなプレーンのラッシーの味は思い出す。
しまった、インド料理屋のランチタイムにしては回想がはかどりすぎてしまった。ついインド音楽のBGMでこれまでに足を運んだインド料理屋での記憶が次々とよみがえってしまって。
そういえばこのお店では珍しく、あまり印象深い経験をしなかった。そんなこともあるだろう。むしろ印象深かったインド料理屋だけを私が覚えているだけという話かも知れない。そっちの方が、自然だ。
長居をしてしまった気がする。帰ろう。
レジへ行き、割引チラシを見せる。
「50円割引で、750円ですねー。」
会計を済ませ、財布をしまってお店を出ようとすると
「このチラシ、また使えますよ。次…良かったら…。」
?????????
割引チラシが返ってきた。なぜ。
インド料理屋の50円割引、一度ポストに届いたらエンドレスなのだろうか。最後の最後でまた、強く不思議な思い出を刻み込まれてしまった。
インド料理屋との出会いはいつも運命的だなと思う。
街を歩いていて、おなかをすかせたタイミングでちょうど目の前に現れる。
インドカレーが食べたくなってきたタイミングで、ポストに割引券が入っている。
インドカレーを食べ終わると、気が抜けるのかその後の予定はだいたいどうでもよくなる。ランチに食べようものなら、もう午後はお散歩して昼寝して、寝そべりながらゲームでもするしかない。夜に食べたらもう、家に帰ってからやろうと思っていた課題なんて全く手がつかない。
「でも今日インドカレー食べたしな。」
よくわからないけど、そんな風に私の中で全てが許される。
インドカレーを食べたい!と思ったらすぐ食べに行けること。その日やろうと思っていた全てを、思い立った時点で放棄することになったとしても。
インドカレー、これだけは許される衝動であってほしい。
思い立ったときにすぐに全てを投げ出してインドカレーを食べにいけない。
そんな人生は、ちょっといやだ。
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