選ばれし者
ある日の午後のことだった。
チラシをポストに投函して回る仕事をしているヒゲ面のおじさんが、我々のアパート入口(共用玄関)にやって来た。この日は選挙のビラ配り。
入口に立っている私に
「そこの姉ちゃん、ドアを開けてくれや」
と言うので、
「自治会長の許可が無き者には開けられぬ」
「このドアを開けて入れるのは、選ばれし者だけなのだ」
と答えたところ、おじさんは文句をいい始めた。そして懐から丸いボタンの様なキーを取り出し、ニヤリとしながら
「オレ様のこの『ヨロズのキー』ならどんなドアだって開けられるんだぞ。」
と言って、オートロック解除しようとドアに近づいた。
しかし、いくら『ヨロズのキー』をかざしても、ドアのロックは解除されなかった。
『その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。』
おじさんは青い上着を着て、金色の落ち葉が散らかっているウスリースクのアパート入口に立っていた。しかし、彼は「選ばれし者」ではなかった。
おじさんは再び文句を言いながら次のアパート入口を目指して去って行った。