【小説】『缶ビール』
カーンと道端の空き缶でも蹴ってやりたいと思って、目を皿のようにして歩いているのに、道端にはコンビニおにぎりのラップとか、コンビニ弁当の空き箱しか落ちてない。
秋の風にくるくる落ち葉がダンスして、それを追いかけるように、コンビニおにぎりのラップが軽く舞い上がる。
道端が綺麗なのはいいことだ。
空き缶がごろごろ転がっているようなのが、変なのだ。
でもテレビドラマでも、アニメでも、漫画でもよくあるじゃないか。
ムカついた輩が、カーンと道端の缶を蹴り上げて鬱憤をはらすシーン。
あれはいつの時代の設定なんだろう。
ムカついても、実際には蹴る缶が見つからないんだが。
別に蹴らなくてもいい。中身が自分にかかることは前提とせず、ぶしっと踏み潰すのでもいい。
とはいえ、一つも落ちてないとはどういうことだと、無駄に腹が立ってくる。
イライラしながら地下鉄の駅に行くと、缶を捨てるゴミ箱が、缶やらペットボトルやらで溢れかえっていた。ろくに分別もされずに適当につっこまれたふうで、まわりは零れた中身で異臭を放ち、床もベタベタ茶色く変色している。
言い訳と泣き言ばかり言う部下と、薄給と人手不足の会社の愚痴ばかり言う同僚と、異星人並みに理解不能なほど尊大なのに、無能でクソな上司。
誰も俺を正当に評価しない。
正当に評価というより、みんな自分のことで頭がいっぱいで、今の不満、明日の不安であっぷあっぷしている。
仕方がねえよな。
そう思って、愚痴や不満に付き合ってやっているのに、誰も俺の話は聞きゃしない。
なんなんだよ。
挙句の果てに、「おまえはいいよなあ。世渡り上手だから。俺なんか、お世辞をひとつくらい言ったって、なんにも変わらねえもんよ」ときた。
おまえは、そのお愛想っていうやつの努力が足りないんだよ。プロになるくらいの愛想、命がけでやってみろよ。「そうかぁ?」と笑って言いながら、俺は胸の中で毒づく。
「だから、出世もできないんだよ」
一日中駅の隅で、ゴミの片付けや、掃除をする清掃員を見ると、憐れむ気持ちになって、ゴミ箱付近の缶を蹴飛ばすのはやめておいた。
イライラしたまま家に帰って、先に寝てしまった妻が作りおいた夕飯を、テレビの音量を大にして、ビール片手に食べ始める。
どんなにテレビの音量を上げても、くちゃくちゃいう自分の咀嚼音は消えなくて、気分が悪かった。クソ上司が思い起こされて、自分にイラついた。
キャベツの千切りにドレッシングをドバドバかけ、一掴みにして口に放り込む。
芸人が下品に笑うテレビを、俺も同じように笑って見ている。
アルコールも入って、少し声が大きくなっていたらしい。
寝室の方で、子供が泣く声が聞こえた。
「うっせえよ」
怒鳴るとすっきりした。
妻が起きて、子供をあやす声が聞こえる。
「パパ、ちょっとテレビの音が大きいんじゃない?」
眠そうな顔を隠しもせず、妻が海老反りになって泣きわめく子供を抱えて、寝室から出てきた。
子供が泣くから、テレビがうまく聞こえない。テレビの音量を上げる。
「うるさいのはそっちだろ」
「またそんなこと言って。時間も時間なんだし、テレビも声も静かにして」
どいつもこいつも。
「今度育休とるっていう話はどうなったの?」
やがて子供はグズグズ泣きになってきた。ほっとしたのか、妻が子供を体をゆするようにあやしながら言い出した。
「そのうちだよ、そのうち。今は忙しいから」
缶ビールを煽ると、もう空になっていて、むしゃくしゃした気持ちのまま缶をテーブルに叩きつけると、べこっと音をたてて潰れた。
最初からこうすれば良かったのだ。
なんとなく惚れ惚れと潰れた缶を眺めていると、子供を抱いた妻は「ねえ」と言う。
「この間とるって言って、もう2ヶ月だよ。本当はとる気ないんじゃないの」
「はあ?」
「急にとれないのは分かっているけど、実際はどうするつもりなの?」
言い募る妻が煩わしかった。うるさかった。仕事で疲れていた。
「うるせえよ!」
手にあったものを、そのまま妻に投げつけた。
それは、単なる缶ビールの軽い空き缶のつもりだった。
けれど、その空き缶はもう空になっていて、俺が先程潰して硬く鉄の塊になったものだった。
子供を抱いていた妻は、子供を庇うことしかできず、鉄の塊となった缶ビールはざっくりと妻の顔を切った。
無様に潰れた缶のどこかが尖っていて、それが妻の頬を裂いた。
「あ……」
俺は今、どんな顔をしているんだろう。
【今日の英作文】
偶然に人が叱られているところにいることほど、気まずいものはない。
There's nothing more awkward than being the place where a person is scoled by accident.
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