【テレビドラマ感想文】大切な「今」を
お正月に放送された、「監察医朝顔」の新春スペシャルドラマを見た。
このドラマを、連続ドラマとして放送されていた頃も楽しみにして見ていたので、新春ドラマも楽しみに視聴した。
物語として、解剖医学や、東日本大震災を扱うなど、全体的に重たいものなので、今回は何が起こるのかなと、どきどき。
そのドラマの忠実な感想というより、いつものように私の思ったことを中心に書こうと思う。
平岩紙さんが演じる藤堂先生が、上野樹里さん演じる朝顔(主人公)に対し、朝顔が子供の保育園のお迎えで仕事を抜けるシーンで、「あと、どのくらい保育園にお迎えに行けるのかなって考えるの」と言う(ような)ところがある。
あとどのくらいって考えた時、全てのことが無限ではなくて、本当は数えることができるくらいだと、ハッとした。
人生が100年だとして、0歳の赤ちゃんが例えば毎日noteの更新ができたとしても、その回数は?(算数が面倒なのであえてしません)。
そんなふうに考えたら、保育園のお迎えに行く回数なんて、本当に数えられるほど。
「あっという間なのよ」
本当だ。。。
明日、明後日と、それから……と永遠に続くものはない。
いつかは終わりが来る。
たとえではあるけど、人生は100年。不老長寿は、人類の夢であっても、今のところかなう夢ではない。
終わりがある、限りがあると知ることは、どこか怖いような、焦るような気持ちになる。
でも「いつかは終わりがある」と頭のどこかで分かっていることは、大切なことなのだと、同時に思う。
「今」という時間に価値を、「今」の大切さをかみしめることができるのだから。
私は望んで、実家を出た。
父と母と離れることを望んだ。
でもこのドラマを見て、
あと何度、父と母とご飯が一緒に食べられるのだろう。
あと何度、父と母と話ができるのだろう。
あと何度……。
と思った。
確実にもう数えられるほどしかない。
父も母も、高齢という年齢ではないものの、それなりに年齢を重ねている。
私は自分を守るために実家を出たし、その決意を後悔していない。
自分のこれからの人生の歩み方も、まだ未確定ではあるけど、結婚をするつもりもないし、パートナーを持つつもりもない。
私の決めた人生を、父と母がどう思ったかなと思う時が、今までになかったわけではない。
悲しませているだろうな、がっかりする気持ちもあるだろうな。
そういうところは、ごめんなさいと思うし、思ってきた。
私は、これからどうやって生きていこうか。
どうやって生きていきたいだろう。
限りのある人生という旅で、父と母と別れる時は、必ず来る。
父と母が先か、私が先か、そこは分からないけど。
「もっと話をすればよかった」と思う時は、もう遅いのだ。もう時間がなくて話せないから、そう思うのだから。
今からでも、きっと遅くない。
私が、父と母にできること。
父と母と共にできること。
もっと考えよう。
私の家族は、父と母しかいない。
もしかしたら、父と母は私ときょうだいの和解を期待していて、それが心残りかもしれないけど、その可能性は考えたことがない。
これが最後かもしれないと、いつも覚悟を決めているのは、間違いなく疲れる。
だからもっと気軽に話せたらいいのかな。色々なことを。
話さないと伝わらない。
あとどのくらいを思うと、寂しくなる。
でも現実や時間は、待ってはくれないものだ。
大事にしたいもの、していきたいもの、それを考える時期にあるのかもな。
そういうことを考えることができた、とても素敵なドラマだった。
やりたいことをしよう。
大事にしたいことを、大事にしよう。
「今」は「今」しかないのだから。
「今」を、大切にして生きていこう。
【今日の英作文】
一回きりの話し合いで分かり合えるなんて思っていませんが、心は折れそうです。
I don't think it's possible to fully understand each other with just one meeting, but I feel llike I'm about to break.
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