【小説】『あなたの答え』
このカードは運命のカードです。
あなたの運命、人生の道標を表しているのです。
重々しく、そんなことを宣った占い師に、いい加減にしろと私は唾を吐きたくなった。
だから、占いなんて嫌いなんだ。
どんな神でも、仏でもいい、私はこの先に、いいことがあるかどうかを知りたかった。
人生の転機があるとか、このくだらない人生がスパっと終わるような出来事があるとか。
何にもないってさ。
そんなこと、誰よりも分かっている。
このまま果実が腐っていくような人生しか送れないことも、分かっている。
だからこそ、そんなことをいちいちお金を払って確認しに来たんじゃないのだ。
私はテーブルに占い代をたたきつけて、暗室になった小部屋から飛び出した。
小部屋を出ると、向かいには全国チェーンのコーヒーショップがあって、入口のガラスドアには、例の薄ら笑いを浮かべた女の看板が掲げてあった。店内では多くの若者が、小さなテーブルを囲んでいて、店は繁盛しているようだった。
運命なんて蹴飛ばして行こう
この恋が運命なら、どんなにいいだろう
陳腐な流行歌も、ベートーヴェンも、「運命」というワードには、皆惹かれるものがあるらしい。
運命、運命、運命……。
運命、おまえに私の何が分かる。
これがあなたの運命です。
占い師に、「あなたは明日死にます」とでも言ってもらった方が嬉しかった。
馬車馬の鼻先にぶら下がった人参。
ガムシャラに、周りも見えず、見ず、ただ永遠に届かない人参を求め、あと少しだと信じて走り続ける。
いつゴールがあるとも、見つかるともしれない、何が分岐点であるとも分からない、でもこの路線だけは変われない人生で、走り続けるしかない。
こんな運命のレールなんか壊してやる。
そう思って占いを申し込んだのに。
「あなたはあなたのままが素晴らしいのです」
運命やカードがなんと言おうと、私は自分の人生が気に入らない。
大型ショッピングモールの一角にある占いの部屋を、私は振り返って睨みつけた。
コーヒーショップでくつろいでいる、悩みの薄そうな若者たち。
平和ボケの権化。世の中の悲劇は喜劇、所詮エンタメで、自分とは関係のないこと。そう思っているのだろう。若いとは愚かなことだ。しかし幸せなことだ。
私のように占いの結果ごときに熱くなっているなんて、彼らにしたら愚の骨頂だろう。
ばかばかしい。
「ねえママ。あのおじさん、なんであんなにお顔が赤いの?」
幼い声にハッとする。
小学生にあがるかあがらないか位の子供が、クリクリした目を私に向けている。
子供を連れた母親は、私から顔を背け、子供の質問には答えず、その手を引いた。
そんなふうに知らん顔したって、お前たちだって、私のように、自分の人生や運命を恨む日が来るんだ!
私の苛立ちはいや増す。
「おい、ばかにするんじゃないぞ!」
私の声は思ったよりも大きく、暗く、そして威圧的に聞こえた。
子供は母親の影にぱっと隠れ、母親もまた、足早にそこから立ち去ろうとする。
「どいつもこいつも……」
こんな親父に絡まれたらたまらない。
占い師に、カスハラする中年男。
さえない。全くさえない。
運命のカードは、あなたはあなたのままでよいと告げていた。
あなたはあなたのままでいい。このまま生きていなさい。
そんないい加減な占いがあるか!
人生を変えたり、人生の道筋を見せるのが占いの醍醐味じゃないのか!
日々具合が重くなっていく認知症の母親。
あらゆることに愚痴っぽくなった妻。
自分はもはや昇進が見込めない会社で、若造がどんどん上司になっていくデジタルな出世コース。
カタカナと横文字だらけの新しい常識。
中年という年齢なだけで、汚い臭いだらしがないと、私から目を背ける娘。
昔はあんなに「パパ! パパ!」とまとわりついてきたのに。
パジャマの続きみたいなスウェットを履いて、休日居間のソファでごろ寝するのが、私の唯一の癒しだ。
私が寝転んだ後のソファには、座りたくないと娘は言う。
鼻が曲がりそうになるくらいファブリーズをして、除菌と消臭をしないと、座りたくないと。
なんなんだ、どいつもこいつも!
こんなところにもう用はない。いらいらとショッピングモールの出口へとまっすぐ向かう。
出口の脇に、旅行代理店が入っていて、今大リーグで活躍中の日本人選手の顔がポスターとなり、アメリカまで彼を応援しに行こうと広告していた。
野球も、サッカーも興味はない。
テニスにも、ゴルフにも。
アウトドアにも、インドアな趣味も特にない。
白い歯を見せて笑う、現地アメリカでも一目置かれる大リーガーになった若い男の顔を、私はまるで初めてみたような気持ちになった。
この男だったら、何を考えるのか。
私のような境遇の人間は、決して珍しくないだろう。
大リーグで成功できた、この若い男の方が異例なのだ。
「あなたはあなたのままが素晴らしいのです」
なにもない。
特徴もない。
特技も、趣味も、社会的な地位も特になく、汚くて臭くてだらしがない、クソ親父でしかない、中年男の私。
悔し涙が初めて滲んだ。
こんなはずじゃなかった。
占いにのこのこやってきて、占い結果に腹立ち紛れに、幼い子供にまで八つ当たりして。
私にも、夢があった。
大学の薬学部に入ったから、そのまま研究職に就くつもりだったのだ。
新しい薬を作って、新しい世界を切り開き、現在の医療では助けられない人を助けたい。
でも、夢は大きすぎ、私は研究職にずっと居続けられるほど非凡ではなかった。努力家でもなかった。忍耐もなかった。金もなかった。人脈もなかった。
研究職を諦めた時は、悔しくて、情けなかった。
諦めざるを得ないのだと、思おうとした。
自分の無能さと努力不足の自覚や、親の説得をもすっ飛ばして。
今はもう取り戻せない日々。残念ながら私はもう若くない。
定年までのカウントダウンがすでに始まっている。
なあ、あんたはどうしてそんなに笑っていられる?
ポスターの大リーガーは笑い続ける。
アメリカでうまくいっているからか?
怪我をしても、回復を待っていてくれるファンがいるからか?
並の苦労で務まる仕事でないことくらい想像がつく。
この男の笑顔の裏にある真実が見たかった。
この男が、どうしてこんなにずっといきいきしていられるのか、知りたかった。
名前と顔しか知らないが、この男の試合を観に行こうか。
会うことが叶わないことくらい、分かっている。
それでもこの男の試合を体験したら、その大観衆の空気に触れられたら、なにか分かるかもしれない。
私の新薬を作るという夢は、もう叶わない。
だが、夢を叶え続ける男の夢の舞台を見に行くことは可能だ。
占い師はこうも言った。
「あなたはすでに答えをお持ちです」
旅行代理店の「いらっしゃいませ」に、意を決した私は歩を進める。
【今日の英作文】
その映画は展開がとても速く、私は物語を追うことができませんでした。
The movie development was so quick that I couldn't follow the story.
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