【超短編】等分出来ない幸せを。
「あなたが死んだらあたしも死ぬ」
そう言われたことがある。
曖昧に流したはずの言葉が、先週ふと思い出してからずっとひっかかっていた。スマホの画面に表示された「水曜日」の文字を確かめてからぼんやりと車窓を眺める。電車の憂鬱な音が少し心地良くて、今はただ、何も考えたくなかった。
先週の土曜日は、久しぶりに親友と遊ぶ予定だった。社会人になってから全然会えていなかったからだ。でも彼女は一向に来なくて、その夜彼女が自殺したと聞かされた。勝手に死なれたことがすごく淋しかった。昔は私に一番に泣きついてきたのに。私はあの子にとって、それくらいの存在だったのか。
いや、いつかあの子は自殺で死ぬだろうということはなんとなくわかっていた。昔から希死念慮にとらわれていたし、私に「あなたが死んだらあたしも死ぬ」なんて、あっけらかんと笑うような人だった。当時は私も生きることに希望を見出せなくて、曖昧にではあるけれど彼女の言葉を受け止めてきたはずだった。
「わざわざ遠くからありがとうね」
「いえ、そんな…」
彼女の家族と会うのは、なんだかんだでこれが初めてかもしれない。彼女の母は、黒い服に身を包んだ私を上から下まで舐めるように見てから私を労った。
なんだか、ここは葬式なのかと疑うほど、賑やかだった。彼女の家族はもちろん、親戚でさえ笑って話をしている。彼女の姉の話によれば、友人として呼ばれたのは私だけで、他に恋人もいなかったらしい。
「あの、どうして皆さん笑顔なんです?あの子が亡くなってるのに…」
「どうして、って。嬉しいからでしょ」
その一言に、私は凍りついた。
「だってあんな奴生きてても迷惑なだけじゃん。それにあの子は家族で一番金持ってたし、みんな遺産目当てだよ。あんたもしかして悲しいとか?優しいねえ」
茶化すように言われて、もう耐えられなかった。あの子の素敵なところは数え切れないほど知ってる。ねぇなんで私と生きてくれなかったの?なんで酷い家族だって言ってくれなかったの?相談するって言い合ったじゃない。
彼女の選択をなんだって肯定したかった。でもこればっかりは無理だ。肯定しようと焦燥に駆られるほど、涙が零れ落ちて仕方ない。
どう思われてもいい、もう帰ろう。
私は彼女の姉に頭を下げると、全速力で走り出す。
ごめん、ごめんね。なんにもできなくて、ごめんね。ひとりで抱え込んで、きっと辛かったんだよね。気付いてあげられなくて、ごめんね。
「あなたが死んだらあたしも死ぬ」
「えぇ、何それ。私がいなくなっても生きてよ」
「あれ、喜ばないんだ。それほど想われてるってことなのに?」
「でも、それって私があんたを死なせたのと同じじゃない。責任感じちゃう」
「死んでるのに?優しいなぁ。じゃあ、もしもあたしが死んでも生きてね」
「二人で生きようよ。幸せ分け合いながら生きていこうよ」
「…何それプロポーズ?」
それが親友との最後の会話だ。
さっきも彼女の姉に優しいと言われた。でも私は全然優しくない。彼女との約束を守れないほどに、優しくなんてない。
会場から少し歩いたところに人気のない小道があって、ふらりとそこに立ち寄った。三十分ほど歩いて開けたところは海で、私は迷うことなく海に入っていく。
二人で幸せを分け合うなんてよく言ったものだ、一人になって、等分もできないそれが有り余って虚無に変わるくらいなら、そんなものいらない。彼女と一緒にいることが何よりの幸せだと思った。
“あなたが死んだらあたしも死ぬ”
あの言葉に、今のように返していれば、また未来は違ったのだろうか。
「逆に、あんたが死んだら私も死ぬよ」
海はまだ少し、生温かった。
読んでくださりありがとうございます。
見出し画像はリナリアという花です。
花言葉は、「この恋に気付いて」。
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