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2025年2月20日 「パディントン発4時50分」感想 ネタバレあり


Audibleでアガサ・クリスティの「パディントン発4時50分を聴き終えた(読み終えた)のでその感想です。
いつもできるだけ、ネタバレのないように書いているのですが、
今回ばかりはそれは難しそうです。
著名な作家の古典とはいえ、まっさらな気分でお読みになりたい方は、
ぜひここで当記事を読むのをやめることをお勧めします。
別の記事でまたお会いいたしましょう。




よろしいですね。
それでは、ネタバレありの感想です。


・とうとう鉄道ミステリ?


この作品の冒頭、ミス・マープルの友達、エルスペス・マギリカディ、ミス・マギリカディが、列車で殺人を目撃したところから始まります。
「おや、今回は鉄道ミステリ?」と思いましたが、結局は、アガサ・クリスティのおはこ、お屋敷ミステリになりました。
鉄道ミステリではありません!!
あの冒頭の場面、きっとアガサ・クリスティが電車に乗っているときに、何かを見たところが着想になっているのでしょうね…。
この本を読んで、
鉄道網が発達している日本の作家は刺激されただろうなぁと思います。
それだけ、インパクトがある場面です。

・ミス・マープル、相棒を持つ


今回の1番楽しいところ、それはミス・マープルが相棒を持つ点だと思います。
生まれる時代が違ったなら、
ミス・マープルがそうだったかもしれない女性、ルーシー・アイルズバロウが登場します。
彼女は、高齢になって気軽に、捜査に行けなくなったミス・マープルの代わりに、現場に向かってくれるのです。
相棒が登場したことで、ミス・マープルがセントミード村の経験だけを元にしたいわゆる安楽椅子探偵ではなく、戦略家そして何より実務家であることがかえって
ルーシー・アイルズバロウに仕事を頼んでいる場面や指示を出している場面は、
完全に「ボス」なんです…、ミス・マープル。
可愛いおばあさんではなく、有能な指揮官なのです。
ルーシー・アイルズバロウの知性と行動力を、認めているからこそ、ミス・マープルの芯の部分、ミス・マープルの本質を、見せている、と感じました。
口うるさい田舎のおばあさんも可愛いおばあさんのどちらも、完全な嘘ではないものの、ミス・マープルそのものではありません。
時代的、地域的に必要とされる振る舞いをミス・マープルはしていたのです。
もし、現代にアガサ・クリスティがいて、ミス・マープルを描くなら、セント・ミード村の老嬢とは描かず、
経営者という設定にするのでは、と思います。
今の時代であれば、ミス・マープルは彼女の才能を、親切や手助けの範囲でなく、仕事にすることが、可能なはずです。
そうなったミス・マープルは、ふわふわのケープに身を包むのではなく、
パリッとしたオーダーメイドのスーツを着ていることでしょう。

・地の塩、ルーシー・アイルズバロウ


さて、今回の相棒、ルーシー・アイルズバロウは、現代的な女性キャラクターです。
ルーシーは、32歳、オックスフォード大の数学科を一級で出た賢さですが、研究者や教員になることは望まず、質の高い家事労働を提供する仕事をしています。
主な仕事である家事労働(料理がとても美味しそう!)が得意なだけでなく、美しくひとあしらいが非常にうまい人物として描かれています。
「こんな完璧な女性がそんな仕事を選ばないだろう…非現実的だ」という方もいるかもしれませんが、私は非常に合理的な判断で、2025年においても、十分あり得る話だと思いました。
家のゴタゴタをお金で解決したい人たちは、家電製品が、進歩した今だって山ほど存在します…!!
この作品が発表された当時なら尚更です。
そして、
アガサ・クリスティは、
家事労働、家を切り回す難しさを
オックスフォード大数学科卒業の人を1人雇わないといけないくらいのものと認めてくれていたのでしょう。
ありがとう、クリスティ!
当時、地の塩として、家族や社会に尽くしていた女性たちにもこの作品は届いたはずです。

・ご立派なお屋敷のご立派な兄妹と父


長男(戦死)、次男(アーティスト)、三男(銀行家)、四男(遊び人)、長女(家に囚われた娘)、次女(息子を残して死亡)、それに加えて、次女の夫、その息子と友達、
さらに家長である偏屈でケチな父。
役者揃い踏みです。
素晴らしい女性であるルーシーが、皆から気に入られ、粉をかけられる場面がいくつも出てきます。
中でも、家長である父はルーシーのことを気に入りつつ、
「ガール!ガール!」と呼び立てるのですが、これは「小娘」というような意味合いがこもっているのでしょうか?それとも「お嬢ちゃん」でしょうか?
どちらにせよ、侮辱的な意味合いの声掛けな気がします。
ルーシーは、始まりはミス・マープルの依頼で短期間とはいえ、こんなところでよく仕事を続けるなぁ…と思います。
ルーシーは自分が優秀すぎるからなのか、この難しい家族を対応することに面白さやスリルを感じている様子です…。
ちなみにルーシーはとても料理上手として描写されています。
ローストビーフにヨークシャープディング、数々のデザート、マッシュルームのスープ、カレー、コーニッシュパスティ!

伝統的なイギリス料理がお得意のルーシー。
まだ食べたことがない、コーニッシュパスティ、食べてみたいものです。     

・犯人は当てられず


今回は犯人を完全に外しました…。
勝手に、ルーシーがちょっといいなぁと思っている男性2人のどちらかだと思い込んで、
聞いてしまっていました。
最後の最後まで、全くピンときておらず、最後の二章を2回も聞く羽目になりました。
完全にクリスティの術中にハマったわけです。
犯人は言われてみればそうだけれども、勝手に除外していた人でした。
今回の事件で言えば、後から起きた事件と最初の事件は全く質が違うもので、
なおかつ、最初の事件こそが重要だ、ということを見逃していると、
ミスリードに乗ってしまうわけですね…。

・ルーシーを射止めるのは誰か


さて、本作品の最後はとても思わせぶりに終わっています。
ルーシーがこれから、誰と恋に落ちるかということはぼかされているのです。
ミス・マープルは確信があるようですが、
クラドック警部は読者の一部同様(初読の私も含めて)、まだよくわかっていない様子です。

しばらく考え、数度聞き直した結果、
私は、ルーシーが選ぶのはセドリック・クラッケンソープだろうと結論づけました。
セドリックは、唯一、ルーシーの魅力に参らなかった、口のへらない芸術家です。
ルーシーは意識的にか無意識的にか、すぐ人に気に入られるような振る舞いを「出来て」しまうようなのですが、
セドリックにはそれをしていません。
そして、セドリックは、他の人が望むようなこと、(家庭的な料理、完璧な家事、良い気分にさせること、出過ぎないこと)をルーシーに望みません。
セドリックはむしろ、ルーシーとの丁々発止の言い合いを楽しんでる様子です。
ルーシーには、それがたまらなく新鮮だろう、と思うのです。
ブライアン・イーストリーは、
息子も総動員してルーシーを口説きにかかっていますが(私はこれがとても嫌でした!意図的でなくとも子どもを使うのは反則!)、
彼が好きなのは「素晴らしい家庭の切り盛りができる女性」です。
ブライアン・イーストリーは、
息子にとっても母に相応しく、
自分の妻としても完璧な女性が欲しいわけです。
それは、ルーシーを妻や母という役割に押し込める行為であり、
自分と息子のことしか考えていない「愛」です。
冒険が好きで、お金が好きで、
したたかで、
負けん気の強いルーシーを愛しているわけではありません。
良妻賢母の枠にはめられた、ルーシーなんて!!
想像するだけで嫌になります。

ミス・マープルは
私程度が考えることは十分考えているはずです。
そして、アガサ・クリスティもそんなことは百も承知で、
キャラクター造形をしているはずです。


ルーシーには、
ブライアン・イーストリーではなく、セドリック・クラッケンソープを選んで、
ルーシーらしさを隠さず発揮して欲しいのです。
何より、
アガサ・クリスティなら、
ルーシーを良妻賢母に押し込めたりはしないと、信じて、
私はルーシーを射止めるのはセドリックだと考えます。
ルーシーが自分の能力を思い切りぶつけることができ、
なおかつ、それを面白がるような男性こそ、
彼女に相応しいからです。

さて、これをお読みになった方は、
本作を読んでどう結論づけるでしょうか?


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千歳緑/code
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