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レッツグミニケーション

学校にはいろいろな先生がいる。
大卒1年目で着任して真っ先に苦手意識を持った先生がいた。
どこからどう見ても体育教師だとわかる風貌をした男性教員だ。
その人自身が何か発言をしたわけではないのだが、高校時代に体育から逃げ続け、本能的に体育教師に恐怖を覚える体になってしまった私にとって、その先生はできれば怒らせたくない、関わりたくないと思ったのが第一印象であった。

しかし、運が悪いことに、校務分掌の課長がその先生であった。民間企業でいうところの直属の上司のようなものだ。
分掌会議の自己紹介で案の定体育教師だと発覚したその先生は、声が大きく、割とズバズバと話を進めていき、着任1日目にしてもうすでに教員生活の終わりを感じてしまうくらいであった。

入学式や始業式ではいろいろな分掌の課長が生徒の前で話をする。他の課長が話しているときは穏やかな空気が流れているのに対し、その課長が前に立った瞬間に生徒の間に緊張感が走るのが手に取るように分かった。
ほぼマイクを通さずに話をする課長は堂々としていて、それがまた自分が高校生の時の怖かった体育教師と重なり、何を話していたかは全く思い出せないし、おそらくほとんど聞いていなかったと思う。
学期が始まると課長が生徒を指導している場面をよく見るようになった。服装や頭髪の乱れから、教員に対する口のきき方など、他の教員が注意しないところまできっちり指導をしている印象で、時には大声で叱責している場面もあった。
聴覚過敏で大きな音が苦手な私は、その怒声を聞くだけでまるで自分が叱られたのではないかと思うほど全身が震えていた。

直属の上司ではあるが、私だけに任される仕事というのはほとんどなく、先輩とペアになって仕事をしていた。そのため、課長に相談したり提案したりするのはペアになった先輩がやってくれたため、運よくほとんどかかわりを持たないで1学期を終えることができた。
課長がなにか私に対して注意したり叱ったりしたことは特になかったし、今となってはだいぶ気を使って優しく接してくれていたように思うのだが、当時の私は話しかけられるどころか近づいてくるだけで、まるで軍隊かのように姿勢を正して息をひそめて緊張していた。まったくもって失礼であったと思う。

そんな課長との関りが大きく変化したときのことである。
定時後に課長が先輩と雑談している場面にたまたま同席した。課長が先輩に対して「最近このグミばっか食べてる」というようなことを言っていたのだ。
そのグミは私も良く食べるものであったことと、強面の課長の引き出しからグミの小袋が出てくることのおかしさから、つい話に割って入ってしまった。
「先生、私もそのグミ好きなんですよ。似たような触感だとアレやコレもありますが、食べたことありますか?」
「え、何、チヅ先生もグミ好きなの?っていうか俺より詳しいじゃん」
いつもと違うフランクな口調につられて、気付けば私はグミ愛を熱く語っていた。最終的には「あのグミ食べてないなんて先生まだまだですよ」なんて失礼なことも言っていた気がする。

それからというもの、昼休みや定時後の職員室で課長の様子を伺っては、今だというタイミングで自分の引き出しに入っている一押しのグミに、推しポイントを書いた付箋を貼っておすそ分けするようになった。
課長も丁寧に、そのグミの感想を伝えてくれるのがうれしくなって、多い時では週に3~4回グミのおすすめをした。
何度もグミを紹介しているうちに、課長の好みのグミは触感が固めで、酸っぱいパウダーがついていない方がいいということが分かった。私の好みは柔らかいグミだったので、課長が食べているハード系のグミの感想を聞いてみたり、私の一押しのソフト系グミを押し付けたりして、気付けは職員室全員が公認するグミ友達(失礼な言い方ではあるが)になっていた。

課長とグミ友達になってから、実は私が思っているよりも怖くない人だということが分かった。むしろ人一倍繊細で気を使いすぎるところがあるくらい優しくて、そして誰よりも生徒のためにできることは何かを考えている人だと気付いた。大きな声や自分の意見をズバズバと言うという表面的な部分だけで怖いと勝手に思っていたが、課長という立場がそうさせているのであって、課長自身は他のどの先生よりも真っすぐな優しさを持っている人であった。

課長が怖くないと分かってから、仕事に関する相談や提案もできるようになった。それまでは先輩に頼って課長と仕事の話をすることを意図的に避けていたが、自分の口で相談したり提案したりすると、私が納得いくまで話に付き合ってくれたり、私が気付いていなかった落とし穴を指摘してくれたりと、誰よりも親身に、そして真剣に向き合ってくれた。
そして、仕事の話をしていれば当然叱られたり注意されたりすることも出てくるようになった。でもそれは、私自身を否定しているのではなく、考え方の偏りや、生徒との向き合い方など、これからの私の力になるようなアドバイスを含めた注意だと受け取れるくらい、納得できるものであった。
そして、どんなに叱られたり注意された後でも、それを引きずることなく勤務時間が終われば当たり前のように最近のおすすめグミを聞いてきたり、グミ以外でもおすすめの甘いものを提案してきたりしてくれた。だから私も、仕事での注意を引きずりすぎることなく、課長に対して仕事とそれ以外とで接し方を明確に分けてコミュニケーションをとることができるようになった。

私は今、課長のことをとても信頼している。
困ったときには絶対に助けてくれるし、私が課長に寄せる信頼を裏切るような行動は絶対にしない人だと確信している。
良くも悪くも裏表のない真っすぐな課長と、仕事では上司と部下のような、でも同じく生徒の幸せを願う仲間のような、理想の関係で仕事をさせていただいている。勤務時間外では新作のグミを見つけては競ったように紹介しあう(大体、私の方が詳しいのでグミに関しては私が師匠だと勝手に言っているが)グミ友達として仲良くさせていただいている。
休職している今も、こまめにおすすめのグミやスイーツの情報交換を行い、時々上司と部下の関係で相談に乗ってもらい、気にかけてもらっていると思う。

あの時、勇気を出して会話に参加してよかったと思う。
10歳近く年の離れた小娘にグミ友達なんて呼ばれるのは不本意極まりないかもしれないが、課長とグミ友達になったことで仕事も、仕事に対する考え方も、私自身も大きく成長させてもらった。

グミニケーション、最高。


#仕事での気づき

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