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紙の惑星 〜 the Paper Planet(ショートショート編)
『この調査結果は本当なのか?』
── レポートを読んだ機関長は、大変驚かれたようすだった。
「はい、本当の内容をご報告しています」
『なんということだ。なぜこんなことに… これはいよいよを持って…』
「…はい、私もカミというものを初めて見ました」
『いや!カミ自体ではなく。カミの認識の問題だ!こういった文明もそうしてこれまでに何度も消滅してきたのは君も知っているな』
「はい。しかし私の学んだ滅びについてのそれらの原因には、この星のようなケースは無かったと思われます。主には不安と不満の波動による争いが理由でした」
『そうか、探査員クラスでは確かに史実の現象としての講義までしか説明はしていないのだが... よく考えてみるといい。それら争いの根本にある原因とは何か?』
「それが星民の不安と不満なのではないのでしょうか」
『では、その不安と不満が生まれる原理についてはどうかな』
「それは、過去には我々存在の成長過程としてそのような意識レベルを経て感情との関わり合いの法則を編み出してきたのだと学んでいます。例えばこの星のように、不完全な貨幣制度がある次元において、貧富や権限における個人差の認識によるもので」
『個々各々の認識ということかね』
「いや... はい。全体宇宙の摂理が理解されていなかった時代では、かつては具体化された物質のみの比較差に対して生じる稚拙な思考回路を伴う倫理感が、おのずと国家間や個人間に至るまで比較という愚かな観念に囚われるままに競争と快感をも呼び覚ました上に、それらを成功や功績として、まるで存在価値における幸福感と教義するまでに至り、それらの未熟な誤った感情や観念が、不安や不満の要素としてあったと学びました」
『そうだ。その認識。生命の全体像の真理の真逆にある心理。それがまさに不安と不満の根源であり、そしてこの星の理念はまさにその方向。そのものだ』
「確かに、この星の在り方は何事に対しても隔離的な比較を証明するために尽力しているように感じました。それ故に不安と不満が生まれるのだということでしょうか?」
『かつて多くの星も過去そのような経緯を辿って来たとはいえ、ここまで象徴的な星を私は他に知らない。このレポートも含め議会に提出することにする。それにしてもカミとは…』
「あ、すみません。最後に一行だけ加えさせてください」
『なにか他にもあるのか?』
「いえ、この星の定義というか、名称なのですが…」
『名前か、君のレポートだ。好きにしたまえ』
「はい。ところで機関長、その比較の心理によって幸福感の所在を誤認した結果、謂わば感情的に不幸を招いてしまうという道理のようなその観念はわかりましたが、それらの根底にある理由と言いますか、そもそも不安と不満の原理とはいったい?」
『それは君のレポートが既に示しているではないか。その根源は“所有”という架空の概念だ』
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《惑星T3の人類の特徴に対する調査レポート》
旧資料において前回の調査報告から、JU738宇宙DR3621-4F09-M273銀河内24-3セクションに含まれる惑星T3内の時間上で約1,000万年後の再調査を行った結果として、調査項目以外の総観をここに報告する。
レコードによると惑星T3の地表において、数度に渡り文明が栄えては滅んだようだが、前調査時からは継続する種族がいまも星民として文明を築いているようだ。
しかし、その文明の内容を今回の調査結果として計測するならば、現状の危機度はレベル7に値すると判断する。しかし未開の信仰の定義とも捉えられる現在の星民の意識からは、現状は重度の攻撃性には達してはいないが、将来レベル9に到達するほどの危険性を秘めている可能性をも感じることができる特異性を垣間みることとなった。
当レポートでは、その最も特徴的な三次元的物質に対する観念についてのみ記す。
惑星T3では、様々な物質を具現化するにあたり、その倫理的観念を個人に完全に委ね、全体性と想念に対する知識が欠落している為に物質は創造された後、エネルギー処理を行わずに、原始的な燃焼方法を使って廃棄される。また、非燃焼物質も含め、それらの物質を地に埋めて土地を増やすということも同時に行われている。その物質を、星民の間では「ゴミ」と呼んでいる。
星民の食物には他の生物を殺生してエネルギーに変えるという原始的生活をまだ行っているのだが、それら他の動物や植物も物質として過剰に生産され、またそれらもゴミと名称を変え、廃棄することになる。「ゴミ」は、星民の認識では、すでに物質であるという事実さえも忘れ去るかのように、自らの手から離れた瞬間に、星民は責任はおろか、その存在さえも目に見えなくなるかのような生活を送る。
創造時と同じく廃棄時においても物質のエネルギー還元処理はされずに、想念を含んだゴミという物質は、もはや無価値であり、その存在を邪魔にされるという、そのような星民の意識構造は、宇宙全体の倫理から見ても非常に珍しい思考構造に感じるが、おそらくモノに対して、そこに意識も個性も存在するという原理自体への理解が未だ無いのだと推測する。
そのため、かつてはこの星でも空間摂理に沿った自然真理も保有していた種族が存在していた記録はあるのだが、今では既に星民達は自然循環機能を忘れてしまったようだ。
ほぼ1,000万年程度の短期間でこれほど著しい荒廃が惑星T3では起こっている。
今では数少ない惑星地表での暮らしを行う惑星T3は、超自然レベルに値する天然生息地である。しかしかつての美しい循環システムは限りなく崩壊され、星民の殆どは欲を満たす物質の生産にその生涯を費やし、それら活用的エネルギーを伴わない物質は瞬く間に名を変え、そのすべては「ゴミ」という名の廃棄物となるのだ。
つまりは惑星T3の星民は、最初から必要の無い「ゴミ」を生産し消費するという循環機能に反した独自の文明を築いていることになる。
その文明もゴミという物質に対する異質な概念についても、我々、連合加盟星域下はおろか多くの別の宇宙民の意識からみると、未開の惑星に等しく、到底理解は不能ではあることは明白だが、当レポートにおいては、出来る限り現地星民の視点や生活の位置から表すことを試みることとする。
ゴミについては、特に都市部からのゴミの生産量は大量ではあるのだが、特に都市部の星民の中には、ゴミをゴミとせず、大量の物を蓄積させ保有したがる者も多く、その為、二度と使用しない物や存在すら忘れてしまう物の保存の為だけに、土地や空間を物だけのために使うという現象も起きている。
観察上の推測ではあるが、それらの者は物自体ではなく、記憶や思い出などを自己に記録し心の糧にすることをせずに、安易に物質自体に記憶の断片を重ね合わせ、まるで知識や経験が自分一人の所有物であるかのように全容性への理解に乏しく、それらに異常に固執してしまい手放せないようである。
都市部には、そのような建造物や場所が多く存在し、建物の中には人が存在せず物だけがただ詰まっているような場合も多々あり、その保有者自体は都市部から離れた清閑な地域で簡素な暮らしをしていることもある。
最も最近では、逆に限定的な都市部やこの星のみの価値観において先進的な位置づけに値する地域の者が、都市化の観点上で発展途上な地域を、そのような無駄な物置場として利用し、またその地域にある自然物を生態系を省みず安易に取り寄せて、当人は都市部で快適に暮らすというパターンもある。
いずれにせよ、それらの蓄積されたゴミが生命にとって本当に必要となる時は、限りなく少ない。しかし、その者たちはその量によって、満たされるようだ。低い波動を集約し具現化された物質に満たされた空間に生き様を重ね、限られた人生という時間さえも重い気分で満たしてしまうかのようだ。
この惑星の民たちは、自然を破壊してまでもゴミを生産し、ゴミを保有し、比較し合い、ゴミの量によって幸福度の価値を計るという特異な性質を持ち、つまりは、該当の次元での生命活動のほとんどの時間をゴミの収集と奪い合いに費やしているのである。
ゴミという名称をさらにリサイクルしリネームして変えただけで、そのゴミを資源化する公然的スローガンも確かにあるが、それよりも根本のゴミの削減という方向には一切向かおうとしないこの星の民の、その利己的な願望優先的な消費意識は逞しいほどに所有欲という虚像の繁栄を司る。
それを自ら「文明」などと称し、可視化した物質的事象のみを「科学」などと定義しているのだから、そこに生命自体のエナジーの宿る創造も文化も風習でさえも、文明のためにはゴミのように捨てることだろう。物質化したエネルギーの循環エナジーへの還元システムを認知していない段階とは、これほどに滑稽なものなのだろうか。
この惑星では、鉱物さえも単なるモノとして扱われ、生命体の実体にさえも理解は未だ及んでいないようで、人体さえもきっと物質的承認手段として、故に生存への固執した感情に依存するのであろう。それはより重くこの星の空の気を満たすことだろう。
しかしそれらの物体的な実情よりも重要視するべき点は、その管理システムにある。まるで廃棄物生産を主としているかの実像に対し、惑星T3のシステム内では、それらゴミを管理するシステムが存在する。
その管理システムは極少数の者によって行われているのだが、そのシステムの普及は、ほぼ星民の全域に該当する。
そして重要なのは、そのシステムの管理するルール下では、それら「ゴミ」もゴミでは無くなり、また別の名称で呼ばれ、それら実体の内容はゴミでも、「資源」や「商品」と名を変えたことに星民は一切気がつかずに認識すらも一瞬で感化され、管理下の物質はゴミとして廃棄せずに重要視される。
その資源や商品と名を変えたゴミの中には、名称を変えた途端に価値が高騰する場合もあり、星民の多くは、その名称や価格によって操作可能な価値観念を植え付けられているようにも思える程である。
それらのこの惑星のみの異質なシステム管理下において、まるでゲームのルールを盲目に遂行する民とも呼べる星民が、全体の80パーセントは存在している。
その者達は、謂わば、自身の存在がシステム内に含有されたモノだということを考えることもないまま、意図的にそれらの架空の観念を与えられることによって自らが動かされていることにすら気がつかずに、まるで自由意志ですべてが自分の意志によって所有できると信じているようである。
そのように自由だけに留まらず、善悪や平和などの理念も、喜怒哀楽の感情でさえも、意図された幸福感や不遇の事象すらも用意された固定概念に従順に反応し一喜一憂した上に、価値のあるゴミを所有し続ける欲望を優先するという生涯を送るのだ。
実際は所有などできるはずのない物質で満たした陰性エネルギー空間を架空の虚数的な豊かさとして。謂わば、捏造された偽装概念は、感情と感覚機能を直結することによる誤認識によって、確かに星民達は幸福感を感じているのは事実である。
しかし、やはり仮想の満足感は一時に過ぎないように見えて、それにより、かえってその者達の心には不幸や不満という逆の想念が常に溢れているようにも思える。そして、なお貧富と呼ばれる隔離された格差を生み出し、生まれながらにして不足し、生きながらにして常に渇望するという結末を生んでいる。
しかしその者達の中には、その管理下の軌範に法った生活を潜在的に望んでいるかのようにも思えてしまう程に、それらの多くの星民達は、それでもなにかを仰ぐように信じて、時に支え合いながら、その謂わば教義として意図的に設けられた信仰の下に、不足こそが成長の経験を富む感謝の念を生み出しているのかもしれないと感じる者達の系統や種族も極僅かだが、存在しているのも事実だ。
それでも、そのような僅かな一部の星民においても、この惑星の特異なゴミシステムの上に生命を燃焼し尽くす生き方に費やさねばならない現状が、惑星T3の現状である。
現代の惑星T3で星民として生きるには、ゴミの所有ゲームに参加しなければならない。そのような仮想の所有ルールの管理下においてのゴミの中で、最も多い特別なゴミがあることに観測の結果辿り着くことができた。
そのゴミの名は「紙(カミ)」と呼ばれる三次元特有の物質である。
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短期間による調査結果ではあるが、以下に惑星T3上で最も多く存在するであろうと思われる代表的な5種類の紙を、ランキング形式で紹介する。
◎第五位は、おそらくこの星の歴史的ベストセラー書籍の「聖書」という「紙」である。歴史を元として描かれた原本は既に存在してはいないが、その後の各時代において、あらゆる内容が書き換えられ捏造されてしまった経緯もあるとさている。発行部数としては最も多い書籍である。
◎第四位は、毎日発行される「新聞」という、嘘も真もどんなこともここに記すと事実のようになるという「紙」。個人や世代によっては、事実よりも重んじられる場合もあり、事実、過去の史実によれば、この紙によって、惑星内の多くの民達が大規模な戦争を拡散してしまった悲劇を生んだ。
◎第三位は、惑星T3の星民にとって自らの排泄処理用の「紙」である「トイレットペーパー」と呼ばれる専用紙だ。地域によって形状や使用方法なども様々だが、星民が他の生物や種族と隔てて、自らを人類と呼ぶ種としての尊厳である「文明」の所在を証明することを影で最も支えた、生きる上で欠かすことのできない紙ではないかと言える。この紙は『消費』という意味では圧倒的に一位だろう。
◎第二位は、この星で暮らす為の人生ゲームの参加権「紙幣」という「紙」だろう。「所有」というルールを証明する上でも活用され、星民達の中では、この紙を多く集めることを「幸福」として、中には生活も余暇さえも放棄して、その他のモノや他者との共有する時間などにも交換せず、紙幣を収集することだけに限りある短い一生を終える者もいる程の特別な権限のある紙であり。この惑星のあらゆるものがこの紙によって購入することが許可されていて、規定枚数の紙幣を手放せば、土でも水でも、空でも星でも、何故か所有したということになり、時には命すらもこの紙で売買される。途方も無く理解し難いが、星民は皆こぞってこの紙を集めたがる習性を持っている。
そして惑星T3で最も多い「カミ」の第一位は、おそらく、それら管理システム下でのルールや誓約を記した証書。権利や法的書類などをも含む大きな枠での「契約書類」と呼ばれる「紙」だ。
「カミ」と呼ばれるこれら5種類のゴミは、その一枚は非常に薄っぺらく軽い物質なのだが、観測する中で判明したのだが、惑星Tの殆どの星民の中では、どうやら、その都度の条件や用途によっては生命よりも重い権限があるようで、観測結果として言えるのは、これらの紙そのものを、星民は信仰しているようだ。
未だにその信仰に支配されていない一部の地域や貴重な種族も、まだ残されてはいるものの、歴史上何度にも渡り、そのような謂わば「カミ信仰」に侵略され続けている。時にはとても残虐な形で、あらゆる平和的で先進的な知識や多くの命が迫害され、抹消されてきた。
もはやこの惑星の存在自体がカミシステムの支配下となっていると言っても過言ではない状況である。ましてや、そういった支配を証明するのもまた、最も多いゴミとされる「契約書類」だ。
そこに記されているのは、「誰が何を所有していて、誰がどこまでを管理していて、ここからここまでが誰の物で、これは違反で、ここまでは許されて、誰が誰と何をして、誰が誰を管理していて、誰がそれを許して、誰と誰がそれを認めて、誰が、何が、いつまで、どこから、どこまで、誰が、誰を所有していて」そんなことが延々と書き綴られた「書類」そこに誰かのサインや捺印がされている。そんな書類というゴミが、膨大にこの惑星の上にある。
この点が最も重要である。その管理下では証明さえあれば、ゴミは「カミ」になるなのだ。
誰にも所有などできるモノなどないこの世界、ましてや所有などする必要もないこの宇宙全体に対して、この星ではただそんな紙をいまでも発行し続け、またその紙によって支配されるという、実に滑稽な種族である。昨今では、遠く離れた星々にさえ、勝手に名前をつけてそれを書類の上で所有する始末である。
自己存在の認知でさえも、このような書類によって管理され、時に誤筆や紛失などにより個人の存命やその存在すら無かったことになってしまう程、それは命よりも重い一枚の「紙」。
そしてその生命の保険としても命の価格が明記され、それらをまた「紙」で価値を計り競売の対象としてすべての存在は、紙との交換の対象になる。そこにはまた署名のある管理者や所有者が交換権を保ち、配分としての利息を奪っていくシステムが存在する。
存在や生命にも、即ち利息や掛金が生じ、生きているだけでその存在は誰かの所有物として、成果は搾取され、時には大量の紙を得る為に、他人を意図的に病に侵させた上で、またその者に治療を促し利益を得ようとするようなことも暗に行われている。そこでも、病名を記すのにも、紙を持たない者は治療すら受ける資格も無く、健康の代償として利用されるのも、すべてが紙である。
それらに注意を促し、抗う者もあったが、それもまた「紙」で権利を剥奪される結末になることが多く、つまりはこの星は「紙」がすべてを統治していると言えるだろう。
排便後の処理をするにも、叡智を共有するにも、認識や存在の表明をするにも、そんな「紙」が必要不可欠であり、この惑星の人類の多くが「カミ」と呼び、本来の生物にある信仰心を利用し、時に他者を支配し、また自我の許諾を投影する為に便利な偏った教典が記されているのもまた「紙」であるようだ。
無論、そんな「カミ」に操られていない種族も少数だが存在している。これは調査においてはまだ未確認事項に等しい別の事柄として、解明には至らない現状だが、その少数の種族も同じ称号や音によって「カミ」と呼ばれる別のなにかへの親愛を理念として宇宙の摂理に則った生命の系統を護っている。
だが、真理により近い自然的な感性が遺伝されているが故に平和的であり、その他の種族のほうが圧倒的に割合は多く、合理的な戦術にも長けているため、システムへの合意を善意として強要するかのような戦略によって、支配的に勢力を強めている。
過去に惑星T3において、数度の文明が壊滅した経緯としては、どうしてもその多数決的な比率が原因にあるのかもしれない。全調査時にあった先進的な旧文明を微かに引き継いでいるその種族も、その全体の2割に満たない平和的な星民である。しかし、その種族でさえも既にカミシステムの支配に脅かされている。
割合の法則に等しく、それら少数の民の中でも思しき約8割の星民も、もはや思考せず従順にそのシステム下で感情も操作され、架空の豊かさを紙で教示され、程よく与えられた娯楽などに喜びを興じながら、その存在自体もまた「紙」によって管理されているようだ。
我々がコンタクトをとるのならば、その少数の種族を見極め、選択する必要性があるだろう。しかし、早急に対処が必要に思える。それらの少数の星民も昨今では、政治や社会構造を筆頭に、生活の中にまで「カミシステム」が浸透しつつあるからだ。
食事や身体形成における伝統理念などの風習、充足感や勤労におけるまでの価値観念、また昨今では、意図的操作とも思えるほどに安易に美化された混血も多く受容され、さらに食物を主により利益を生み出すために生命自体の循環までをもねじ曲げてしまう遺伝子操作も進み、もはや惑星T3のオリジナルであるDNAは、危機的状況にある。
早急の対処が必要と感じる最大の要因は、カミシステムの流入方法戦略の要点が、信仰と教育だからである。もはや限られた一部の星民でさえも、その物質的に可視化された仮想の平和や自由は「正しさ」や「先進的思想」として、成長の初期段階において刷り込まれてしまう危険性が充分に在り得るからである。
観測の結果、現状において既に、もはや危機的状況にあるように捉えられるのは、幸福を所有するという思考そのものが、カミシステムの根源だからなのではないかと思えるからである。
それを表す証明が、星民の言葉にある。驚くべきことに、星民達は「幸福になる」と言うのだ。つまりは星民達は、生まれながらにして幸福ではなく、自分たちを不幸だと思い込まされている。故に、自分たちの不足を証明し、またその不足分の補足として、「カミ」を信仰し、ゴミを所有し合うのだ。
しかし、先述した一部の僅かな星民の中には、別の「カミ」というなにかを信仰の指針として、調和的な生を送る事実もある。更なる調査の必要を強く感じざるを得ないが、我々と同じ起源を持つはずの星民の多くが、そのように三次元で生きる一時だけのゴミの所有という奇異な概念により、今後、他星にまで陰性の影響を及ぼしかねない危険性は、認めざるを得ないだろう。
しかし、それでも星民の多くは幸福感に満ちていることも事実であり、理解するには困難だが、その個々の希望という陽性エネルギーの実在だけには、今後の未来においても見守るべき価値に値すると感じる。
ゴミで地表を覆われながらも、その惑星自体は慈悲的とも感じる程に美しく、実に寛容な惑星であるのだろう。
その美しき惑星の外にも、ゴミの浮遊の実体が多く見受けられたのも、ここに報告とする。
以上で、第二次惑星T3の人類の特徴に対する調査のレポートとする。
詳細資料及び、惑星T3にて採集した「紙」という物質の一部と、惑星民DNAを添付したプロジェクトSHの進捗報告資料にあたっては、別ライン「931-026-8104」を参照ください。
最後に、私感として記します。
今回の調査にて、僅かだが違和感を覚えた。「カミ」とはなんであろう。いつからこの星には「カミ」が存在しはじめたのだ。前調査報告を見る限りでは、このような特徴は無かったと思われる。この星の歴史上、ある時を境に突然、カミは発生し存在したというのか。あまりにも不可解だ。
この約1,000万年の間に、なにかの手が入れられた疑いも視野に入れたほうがよい可能性もあり得る。何者かが来訪してカミを星民に伝えたのだ。そこから惑星T3にカミは実在し、星民の文化や文明、深層心理に至るまでをも支配したということになる。
確かに、それまで特に物質を所有するなどという観念を持たずに、自然創造物との調和と共生を維持してきた民からすれば、突然、奇跡のように現れた「カミ」という存在におののき、畏怖の念を覚えてしまっても無理はないのかもしれないが、なにも紙切れ一枚に、ここまで操作され、その存在の資質でもある生命という資源さえも搾取されてしまうようなこともあるまい。
そうであれば、紙と同時になにかの偏向的な観念を意図的に説いたのではないだろうか。未開である星民の心を掴んで離さないような、ある意味で魅力的な福音のようなやり方によって。まさに「幸福とはなにか」を説くような。——— 考え過ぎだろうか。
もしも外部からの介入によって「カミ」が植え付けられたのならば、現状の星民達が自らを「不幸」だと思わせるための、所有率によって幸福度を比較し合うという破滅的なプログラムだったのであろうか。
しかし、わざわざこんな辺境の星に出向いてまでして「お前たちは、なにも持っていなくて不幸だ」「カミの前では、お前達は生まれた時点から不足していて、カミによってすべては与えられるだろう」などと伝えて、カミを崇めさせたとでもいうのか。
そんなバカバカしいことをするような種族がこの宇宙に存在するだろうか。そういえば、惑星T3の現次元時間においての100年程という非常に短い限られた寿命も、以前の調査記録には無かったことも、とても不可解に思える。
ましてや当時には、不幸という言語もなかったのではないだろうか。不幸はおろか「幸福」という言語すらも、以前の資料から判断する上では見当たらない。言語が無いということは、そもそも概念自体が存在しないということにも成り得る。
そうであるならば生命がいかに「幸福」であるのかを伝えるには、同時に「不幸とはなにか」を説く必要が生じる。
あくまでもそれらは個人的推測の範囲での干渉に過ぎないのも現実だが、否応にせよ、この惑星の民達は、ゴミを生産し消費し、その特異な物質で時間も空間も埋め尽くし、自ら気を汚してまでも比較の上に成り立つ仮想の「所有」という、実在の無い架空の概念によって、喜びも優しさも愛情すらモノの不足量で計り、生きる価値に変換して、可視化した幸せを求める傾向にある。
紙の所有量で禍福を計り、紙によって自己や生命さえも承認を得るなどとは、それではまるで、この星民の存在とは、カミに所有されているかのようだ。もっとも成長の段階において現在のこの星には、まだ、まさにカミという誤った認識が必要なのかもしれない。
もっともそれによって、あまりにも奇特な文明ではあるが、カミの支配によって秩序も保たれている側面もあるのだ。紙によって創造主がまるでカミであるかのように記され認識されてしまい、宇宙全体の構造や原理、ましてやその創造の摂理とは真逆とも呼べるこの星の有り様だが、いまはまだそのような架空のカミという未開の概念が必要なのだとも思える。
いつかはその段階を越える時も訪れるのかもしれないが、その時まで、この星は、この者達を許し続けていられるだろうか。僅かだがまだ残る極少数の系統を持つ種族の今後の行く末も気になるが、なによりもそれはこの星と、星民達がなにを選ぶかによって道は明暗然り、分かれていくことだろう。
善悪や禍福のような低い次元での二元論的な比較からなる所有と支配の歴史も、レコードによれば、過去にもそのような分離のポイントを数度、この星はくぐり抜けてきたのだ。もっともその度に星民達が文明と名付けている虚像の栄華は、幾度となく滅んでいる。だが、このような「カミ」という概念がそこに生じたのは、今回がはじめてのことである。
もっとも、永い剥離されたような時を経た、この星の民達の意識の中で、軌跡とも呼べる自らの遺伝子や存在意識体のルーツが、かつてどの系統を経ていま其処にあるのかを、既に忘れてしまっているのならば、安易な「カミ」という名の管理に命さえも預けてしまうことも、必然であるのかもしれない。
つまりは「意識」とはなんたるかを理解する時が訪れるのであれば、幸福だとか、不幸だとか、そんな在りもしない想念に囚われることもなく、ただ命を和ませることもできるであろうに。紙とはなんなのであろうか。誰がいったいなんの目的で、愚かにもこの情け深き美しき星に、そんな偽った認識におけるカミの実在を証明したのであろうか。
せめて、カミシステムの下に隠されて禁じられてしまった、操作された情報だけでも、星民達が思い出すことができたなら、選択も変わる可能性はあるのかもしれないが、それも間に合うか... この惑星の慈悲深き許容でさえも、現次元の星民達の余り在る気枯れにおいて、既に限界を迎えているように見える。
しかし、どうもこの星の民は、自分以外の者や物などを証人として「他者の承認」がなければ自己の存在や充足感を認知することが苦手なように思える。まさに「カミ」がいなければ、自己の存在すら表明できないかのように、自分たちは「幸福」なのだと証明する為かのように、なにかといっては「カミ」を仰いではまた、支配されたがり、そして都合良く利用するのだ。
その手段として最も貴重に、また非常に軽々しく利用されるのが「紙」である。
そして、その「紙」は、燃焼性が非常に高く、この星の住人が呼ぶ「ゴミ」というものの大半も、この「紙」である。
惑星T3を象徴的に名付けるのならば「紙の惑星」と言えるだろう。
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「以上に、報告を終わります」
── 各機関長達は静まり返り、議会の空気は、報告を終えた途端から、一気に緊迫した緊張を秘めていた。その圧迫に絶えきれずに、声を発してしまった。
「なにか問題がありましたでしょうか」
『いや、とても重要な報告であった』
「あ、ありがとうございます」
── 機関長達は、再び口を閉ざし、ひとときの間をおいて、特任機関担当の司令官が口火を切り、重苦しかった得体の知れない静寂を一気に破った。
『これより、プロジェクトSHの実行を開始することにする』
── その言葉に全員が一時騒然となったが、どうやら機関長達は皆、こうなることを予測していたようで、その報告会は実行委員会として、決議の必要もなく、その場で進行した。
『ハーヴェイ探査員、君を任命する。これは決定だ』
「は、はい。しかし機関長。私はプロジェクトに関して担当管轄以外の何も知ってはおりません。プロジェクトSHとは、いったいどんな任務なのでしょうか」
『トップクラスの秘密事項だが簡単に説明すると、君は惑星T3に向かい、現地星民と接触をしてもらうことになる。そして今回、君が向かうのは、約1,000万年前の惑星T3だ』
「……」
『君の推測にあるように、なんらかの外部からの介入が見受けられる座標以前に出向き、カミの干渉を前もって阻止するのだ。我々がコンタクトをとり、行うべき任務はただひとつだ。君はそこで、星民達に告げて欲しい』
「告げるとは、いったいなにをでしょう」
『わかっているであろうが、出来る限り干渉しないやり方で、告げて欲しいのだ』
「……告げるとは、星民へメッセージを届けるということですか。現在のT3の星民の多くは、直接は勿論、鉱物などの伝導物質を介しての方法でさえも、思念波受信機能を既に失っています。干渉しないとは、いったい、どのようなやり方で…」
『それは、そうだな。決定的なやり方で。より象徴的であり尚かつ、より間接的に可能な方法で、それは抽象的である必要がある』
── 考え込んだかと思った一瞬に、司令官の意識はひらめきの波動を放つかのように、なにかの答えに行き着いたようだった。その強い意志が眼光からも伝わり、反射的に少し俯いた私に、その方法は告げられた。
『君の報告が確かならば、惑星民にとってそれほどに権威を持った物質なのだから、そうだ。その「カミ」を用いることにしようではないか』
「紙を… カミを利用して、一体なにを伝えるのでしょうか」
『そうだ。はっきりと確実に告げて欲しいのだ』
「……」
『君たちはすべてを持っている。満たされた存在なのだと』
「はい」
『君たちは、幸福なのだと』
── 「紙の惑星 〜 the Paper Planet」終わり
20151128 6:32
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