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ななめよみ詰所その9 人類が消えた世界


「人類が消えた世界」アラン・ワイズマン 鬼澤忍 訳 早川書房

 もしある日人類が忽然と消えたら、地球には一体何が起きるのだろう。~世界をまたにかけた実地調査と科学資料を駆使して放つ、類まれなる未来予測の書にして究極の環境本。   文庫カバーより

 アラン・ワイズマン 1947年ミネソタ生まれ。多くの雑誌・新聞に寄稿するジャーナリスト。アリゾナ大学で国際ジャーナリズム論を教えるほか、ドキュメンタリー番組制作も手がける。本書は「タイム」誌の2007年ベストノンフィクションに選ばれた。


 記述はこんなかんじ。6章、アフリカのパラドクスよりすこし引用。

 いかなる柵もーー六〇〇〇ボルトの電気が流れている柵でなければなおさらーーアバデア山脈の動物を最後まで閉じ込めておけるものではない。動物の群れは柵を突き破るか、あるいは遺伝子プールの衰退いによって衰退し、最後はたった一つのウイルスによって種全体が滅びるかだろう。だが最初に人間が滅びれば、柵は電気ショックを与えるのをやめる。ヒヒやゾウは、周囲を取り囲むキクユ族のシャンバで、真っ昼間から穀物や野菜の饗宴に興じるだろう。コーヒーだけは生き延びる可能性がある。野生動物はあまりカフェインをほしがらないし、エチオピアからずいぶん昔に持ち込まれたアラビカ種はケニア中央部の火山灰土と相性が良く、野生種となっているからだ。
 温室のポリエチレン製カバーは風でずたずたに切り裂かれる。赤道直下の紫外線でポリマー鎖がもろくなっているからだ。紫外線の威力をさらに増す働きをするのが、生花業界でよく使われる燻蒸剤の臭化メチルーー最も強力なオゾン層破壊物質ーーである。バラやカーネーションは(ケニアはヨーロッパ向け切り花の最大の供給国。執筆時)、化学薬品なしではやっていけずに枯れてしまうが、ホテイアオイは一番最後まで残るかもしれない。アバデア山脈の森は電気の流れていない柵を飲み込むと、シャンバを取り戻し、さらに下にある植民地時代の遺物、アバデア・カントリー・クラブを覆い尽くす。このゴルフクラブのフェアウェイは、いまのところ、そこに棲みついたイボイノシシが手入れをしてくれている。森が広がり、上はケニア山から下はサンブル砂漠に至る野生動物の通路を再び開通させるのを唯一阻むものは、大英帝国の亡霊、ユーカリの木立である。
 人間の手で世界に放たれ、手に負えなくなってしまった種は無数にある。なかでも、ユーカリはニワウルシやクズと並び、私たちがいなくなったあとも長く大地を苦しめる侵入種だ。蒸気機関車の動力を供給するため、イギリス人は成長が遅い熱帯広葉樹を伐採し、成長が早いユーカリをオーストラリアの直轄植民地から移植することが多かった。咳止め薬や家具の表面の消毒に用いられるユーカリのアロマオイルには、殺菌作用がある。大量に摂取すると毒だからだ。この毒で、競争相手となる植物を追い払おうというのである。ユーカリの周りに棲む昆虫はほとんどいないし、食べ物がほとんどないため、巣をつくる鳥も数えるほどだ。
 大量の水を吸い上げるユーカリは、水があるところならどこでも育つ。たとえばシャンバの用水路に沿って、高い生垣をなしている。人間がいなくなれば、ユーカリは打ち捨てられた畑に侵入しようとするだろうし、風に乗って山から下りてくる在来種のたねの機先を制するだろう。結局のところ、ケニア山への道を切り開き、最後に残ったイギリスの亡霊を永遠に追放するには、偉大な野生の木こりであるゾウの力に頼らざるをえないのかもしれない。
     140~142頁

 目次

サルの公案

第一部
1 エデンの園の残り香
2 崩壊する家
3 人類が消えた街
4 人類誕生直前の世界
5 消えた珍獣たち
6 アフリカのパラドクス
第二部
7 崩れゆくもの
8 持ちこたえるもの
9 プラスチックは永遠なり
10 世界最大の石油化学工業地帯
11 農地が消えた世界
第三部
12 古代と現代の世界七不思議がたどる運命
13 戦争のない世界
14 人類が消えた世界の鳥たち
15 放射能を帯びた遺産
16 大地に刻まれた歴史
第四部
17 私たちはこれからどこへゆくのか
18 時を超える芸術
19 海のゆりかご

 私たちの地球、私たちの魂

訳者あとがき


(*'▽')。

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